EP4. 臨時停車
特急「北海」編成図
荷物車/機械室 - 普通車 - 普通車 - 普通車 - 普通車 - グリーン車 - 食堂車 - 個室グリーン車
⇐至札幌(1号車側) (8号車側)函館⇒
車掌室内に漂う重い空気を背に、佐伯はメモを見つめていた。宮﨑と大森も、その場で何をすべきかを迷うように無言の時間を過ごしている。
『福田車掌の態度……感情的すぎる。単なる責任回避や怒りだけではない何かがあるはずだ』
佐伯はノートを広げ、福田のこれまでの発言と態度を簡単に書き出してみた。無線に応答しなかったこと、荷物車の異音を確認していたという報告、そして監視カメラの確認を拒絶し怒りを爆発させたこと。
「どう思います?」
宮﨑と大森が恐る恐る口を開いた。
「大森さんの話が本当なら、福田さんの態度はおかしいですよね?」
佐伯はペンをくるくると回しながら答える。
「確かにそうです。何かに焦っているのか、もしくは本当に『見られては困るもの』があるのか。いずれにせよ、彼がこの事件の鍵を握っている可能性は高い。」
宮﨑は小さく頷きつつも、不安げな表情を浮かべた。その時、佐伯がもう一つ気づいたのは、大森の視線が宮﨑に留まっていることだった。
「大森さん、どうかしましたか?」
佐伯が問いかけると、大森は少し戸惑いながら口を開いた。
「いや、実は……気になるのは福田さんだけじゃなくて、宮﨑さんもなんです。杉浦さんが失踪する前、宮﨑さんと何か言い争っていたように見えたと他の乗務員から聞きまして……」
「言い争い……?」
佐伯が宮﨑に視線を向けると、彼女は少し困惑したように視線を逸らした。
「いえ、ただの仕事の話です。杉浦は出発前に少し苛立っていましたから、私に対して感情的になっただけで……」
宮﨑の声には真実味が感じられるが、佐伯の中で小さな違和感が生じていた。
『先ほどの彼女の考察には一考の余地がある。だが、なぜ彼女は今になって考察を述べた?前までは、あまり自己主張をしない印象だったのだが......』
佐伯は、なぜ宮﨑が今になって自分の意見を積極的に述べるようになったのか気になっていた。これまでの会話の感じからして、彼女はあまり自己主張が激しいタイプではなく、佐伯に話すときも耳打ち程度の小さい声で話しかけていた。そのギャップに違和感を感じつつも、これ以上問い詰めても得られるものはないだろうと判断し、話を切り替えた。
その時、無線機から指令所の声が聞こえてきた。
『こちら列車司令、特急北海九号の車掌室、応答願います』
大森は一言断わりを入れた後、
「こちら特急北海九号、どうぞ」
『雪による対向列車遅れのため、鷲ノ巣信号場で五分ほど臨時停車をしてください』
「...はい、鷲ノ巣信号場ですね。了解しました」
通信は手短に打ち切られ、大森は指示の通り、鷲ノ巣信号場への停車準備を始める。準備を行う大森の背中に、佐伯は問いかける。
「指令所はなんと?」
「この先にある鷲ノ巣信号場での臨時停車の指示でした。なんでも、対向列車が遅れているとか」
「なるほど...この吹雪では、仕方がないですね」
佐伯は視線を大森から窓へと移す。車外に吹きすさぶ吹雪は森駅ほどではないものの、いまだに先が見えないほどの強さで打ち付けている。その横で作業をする大森は、一通りの作業を終えたのか椅子に戻り、無線機を手に取った。
「こちら6号車、車掌室。応答願います」
『こちら運転室、どうぞ』
「鷲ノ巣信号場での臨時停車の指示です。三番線に入線してください」
『了解』
おそらく運転手への連絡だろう。やはり手短に通信は終わり、車掌室には再び静寂が訪れた。その静寂の中で、佐伯は考えを巡らせる。
『まず、宮﨑が述べた仮説を明らかにしよう。杉浦が函館駅で降りているかを確かめるためには、監視カメラの映像を手に入れる他ない。だが、この車内には映像をやり取りできるような設備はない。せめて警察の協力を仰げれば......』
「そうだ!」
思わず佐伯は声を上げていた。存外大きな声が出てしまっていたようで、大森と宮﨑は彼を驚いた目で見つめていた。佐伯は気持ちを落ち着けつつ、話し出す。
「ふぅ...失礼しました」
「佐伯さん、何かあったんですか?」
「まさか、杉浦様の居場所がわかったんですか!?」
「彼の居場所はまだわかりません。ですが、解決の糸口につながるかもしれません」
口々に大森と宮﨑が問いかけてくる。佐伯は二人に説明をしようとしたが、それは大森の言葉で遮られた。
「あ、すいません。臨時停車の旨を車内放送で伝えないと」
そう言うと、大森は無線機を口に近づけ、放送を始めた。それは、臨時停車の場所が近づいていることを表していた。大森が放送を終えると、佐伯は彼に問いかけた。
「もう少しでその信号場なんですか?」
「そうですね、あと二分もすれば到着しますよ」
「佐伯さん、何か考えがあるんですか?」
宮﨑が訊ねる。佐伯は視線を雪景色に向けたまま、小さく呟いた。
どうやら鷲ノ巣信号場まであまり時間がないようだ。それまでに、大森と話を付ける必要がある。
『この信号場での停車が、突破口になるかもしれない』
列車が八雲駅を通過した瞬間、佐伯は覚悟を決め、大森に話しかけた。
「大森さん、一つお願いがあるんですが......」
・・・・・・
函館市 函館方面本部
函館市の警察署を統括する函館方面本部では、大熊警部が資料を整理していた。そこに、着信音が鳴り響く。表示された発信元は「公衆電話」。珍しさに少し驚きながら、大熊は電話に出た。
「ああ、もしもし。函館方面本部の大熊だが。」
『大熊さん、佐伯です。』
聞き覚えのある声に、大熊の表情が明るくなる。
「佐伯君か!前の事件では世話になったな。」
『こちらこそ。ところで、急なお願いがあってお電話しました。現在、列車内での事件の捜査中でして……』
佐伯の説明を聞くたび、大熊の表情が険しくなる。
「なるほど。それで、俺に手伝えというわけだな?」
『その通りです。函館駅の監視カメラ映像を八雲警察署の長万部交番に送っていただけますか?』
「よし、任せろ!函館駅に人員を向かわせる。連絡は俺に任せな!」
『ありがとうございます。それでは』
大熊は電話を切ると、すぐに部下を集め、指示を飛ばした。
・・・・・・
鷲ノ巣信号場
「ありがとうございます。それでは」
そう告げると、佐伯は電話を切った。鷲ノ巣信号場構内に存在する古びた公衆電話の中に、彼は立っていた。受話器を置き、猛吹雪の外に出る。そうして足早に6号車に向かった。
『下車を許可してくれた大森車掌には感謝しないとな』
そう思いつつ、雪深いホームを歩く。鷲ノ巣信号場到着前に佐伯がお願いしたこと、それは鷲ノ巣信号場での下車許可だった。彼の判断がなければ、大熊警部に連絡を取ることはできなかっただろう。
「私は携帯電話を持っていないからな......札幌についたら買ってみるか」
そんなことを呟き、6号車の車掌室に戻る。扉をノックすると、氷を剥がす音の後に内側に扉が開いた。雪をほろって室内に入り、ダクトからの温風を浴びる。
「大森さん、下車許可を出していただいてありがとうございます」
「ええ。ですが、あまり大っぴらに話さないでくださいよ?」
「はい、もちろんです......おや、宮﨑さんは?」
「ああ、宮﨑さんなら、御手洗いに行かれましたよ」
「そうでしたか」
佐伯は大森車掌に微笑みで返す。だが、その裏には一抹の不安があった。
『もし大熊警部が間に合わずに交番への転送が遅れてしまったら......いよいよ解決が厳しくなってくるな』
その不安を声には出さず、窓の外を眺めた。対向列車が通過したことを確認した大森は、森駅と同様に窓から身を乗り出す。そうして列車は発車し、闇の中へ突き進んでいく。
次回: EP5. 七分間の戦い




