EP2. 消えた男
特急「北海」編成図
荷物車/機械室 - 普通車 - 普通車 - 普通車 - 普通車 - グリーン車 - 食堂車 - 個室グリーン車
⇐至札幌(1号車側) (8号車側)函館⇒
大森が車内放送にて、『杉浦幸治』を探している旨を伝えた時、車内の乗客達の間には困惑が広がった。それは佐伯が乗っている4号車も例外ではなく、「杉浦って、あの不動産会社の社長の?」「何があったんだ?」といった声が聞こえてくる。
その声を聞いていた佐伯は、窓枠に肘をつき、考えを巡らせていた。
『車掌が名指しで乗客を呼び出すなんて、そうそうあることじゃない。しかも、あの有名な杉浦幸治だと? ......これはただの忘れ物騒ぎじゃなさそうだ』
彼は軽く眉をひそめ、冷静に状況を整理する。そして、決断するように目を細めた。
『もう少し様子を見てから動くとしよう。だが、放送が繰り返されるようなら、直接車掌室に足を運んでみる必要があるかもしれない』
そう結論づけた佐伯は、静かに列車の出発を待っていた。函館出発直後の放送が正しければ、あと数分もすれば発車するはずだ。
『お客様にお知らせ申し上げます。当列車は、雪の影響で追加の列車待ち合わせを行うため、あと七分ほど停車いたします。お客様には、ご迷惑をおかけすることを深くお詫び申し上げます』
彼の期待は、すぐに流れた車内放送によって打ち砕かれた。彼は短くため息をつき、窓の外の景色に視線を落とした。ホームでは、乗客が雪を払ったベンチに腰掛けたり、売店で暖かい飲み物を手にしていたりする。だが、杉浦の姿はどこにも見当たらない。
・・・
6号車 車掌室
「困ったな......どこに行ってしまったんだ?」
車掌室に備え付けられた簡易的な椅子に腰掛けながら、大森は額に手をやった。放送をしてから一〇分程度が経過したにもかかわらず、杉浦が一向に車掌室に訪れる気配はない。
『全然来ないな......早く検札を済ませたいのに......』
そう思って待っていると、車掌室の前から声がした。
「すいません、少し宜しいですか?」
「はい、何でしょうか?」
そう考えていた矢先、車掌室の前にフード付きのコートを着た女性が現れた。今は杉浦の捜索で手一杯のため、大森は軽く応対して帰ってもらおうとした。
「あの、私は杉浦幸治の秘書をしています、宮﨑と言います」
「杉浦様の秘書?なんのご用でしょうか」
彼女が名乗った「秘書」という肩書に、大森は思わず身を乗り出した。杉浦と行動を共にしている彼女なら、なにか手がかりを持っているかもしれない。
「実は......杉浦様がいなくなってしまって、どこに行かれたのか私にもわからないんです。席が離れていたので、ここに来られた可能性もあると思って伺ったのですが......」
宮﨑はそう言いながら、困惑の色を隠せない様子で手元の手帳を握りしめていた。
「なるほど......申し訳ないのですが、杉浦様の行方は我々にも分かりかねます」
「そうですか......」
「ですが、ここで待っていればお越しになるかもしれませんので、しばらくここにいて様子を見ていただけますか?」
「......わかりました。ありがとうございます」
彼女は小さく会釈すると、車掌室の脇に立った。大森は時計に目をやりながら、再び悶々とした考えに沈む。しかし、森駅を出発する時刻が近づき、次第に目の前の業務に集中せざるを得なくなった。もう一度杉浦を呼び出す旨の放送を行った後、大森は発車準備に取り掛かった。
一通りの準備を終えた大森は、車掌室の扉を開けてホームに降り、ホイッスルを鳴らす。それを聞いた駅員達は列車から離れ、大森に敬礼を行う。それに敬礼で返した大森は車掌室に戻り、開いた窓から身を乗り出して安全確認を行う。
エンジンを唸らせて、列車は森駅を離れた。強さを増した吹雪が、身を乗り出している大森の顔を叩く。数秒で加速を終え、列車はホームを完全に離れた。そのことを確認した大森は、帽子の雪を払い落としながら車掌室に戻る。ダクトから漏れる温風が、身にしみるようだった。
・・・
6号車 車内
列車が森駅を出発したことを確認した佐伯は、車掌室に向かっていた。杉浦に関する放送があったのにも関わらず、彼に関する動きが何もないのが気にかかる。
『少なくとも、放送を繰り返すほどの事情があるってことだ。これがただの検札の遅れなら、大したことではないだろうが......』
心の中でそう考えながら、車内の通路を歩き始める。6号車に到着し、車掌室の扉が目に入った。佐伯は、軽く息を整え、扉をノックした。
「失礼します、少しお話を伺いたいのですが」
ドアを開けると、中には車掌の大森と、若い女性が立っていた。車掌室の中に女性がいたことに少し驚きつつも顔には出さず、佐伯は自己紹介をする。
「私、佐伯涼介と申します。探偵をしています。杉浦幸治さんについての放送を聞きまして、気になったものですから」
大森は一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに口を開いた。
「探偵......ですか。なるほど、それなら少し状況を説明した方がいいですね。実は――」
大森は、佐伯にこれまでの経緯を説明し始めた。杉浦が列車内で姿を消したこと、その秘書である宮﨑も所在が分からず困っていること。それを全て聞いた佐伯はポケットから小さいメモ帳を取り出し、思考を巡らせる。
「杉浦さんの服装は分かりますか?」
「あ、それについては私からお話します」
杉浦の服装について聞こうとしたところ、車掌室にいた女性が名乗り出た。佐伯は視線を彼女に向け、問いかける。
「あなたは?」
「私は宮﨑と申します。杉浦様の秘書をしていまして......」
そうして、彼女も大森と同じように自分の状況を説明した。一通り離し終えると、本題である杉浦の服装について話し始める。
「今日の杉浦様の服装は、高級な黒いコートを着ていて、革の鞄を持っています。コートの下はスーツで、茶色い帽子を被っていました」
「なるほど、ありがとうございます」
杉浦の服装を大方把握した佐伯は、軽くメモをとった後に考えを巡らせる。
『杉浦の大まかな服装はわかった。もう少し杉浦について聞き込んだら、車内へ探しにいってみるか』
「すいません、もう一ついいですか?」
彼を思考の海から引きずり出したのは、車掌の大森だった。佐伯はペンとメモ帳を手に取り、彼の言葉に耳を傾ける。
「はい、どんな些細なことでも」
「それが、普通車の検札に行った福田さんが、まだ戻ってこないんです。」
「車掌が?」
佐伯が首をかしげると、大森は言葉を続けた。
「はい。福田さんはベテランで、検札の仕事も普段は迅速なんですが......今日は妙に遅い。彼を無線で呼び戻そうとしましたが、応答がありません。正直、少し不安なんです。」
佐伯はその言葉に反応し、眉間に軽く皺を寄せた。
『おそらく、4号車の検札に来た車掌のことだろう。普通車の検札中に応答がない、か。これも偶然とは思えないな。もしかすると杉浦の失踪と関連があるのかもしれない』
一方、宮﨑は大森の言葉を聞いてさらに不安げな表情を浮かべた。
「もう一人の車掌さんもいないなんて......何が起きているんでしょうか」
佐伯は宮﨑を一瞥しつつ、冷静に大森に尋ねた。
「福田車掌が最後に検札に向かったのは、どの車両ですか?」
「4号車です。ただ、それが最後の情報です」
佐伯は軽く頷き、車掌室の窓から雪が激しさを増す外の景色に目を向けた。列車の外で進行している何かを直感しながら、彼は一つの仮説を頭の中で組み立て始めていた。
『杉浦の失踪、福田車掌の遅れ――二つの事象はきっと無関係じゃない。だが、この閉ざされた空間で彼らが消えるなんて、普通の理由では説明がつかない。となると......』
佐伯は考えをまとめる時間を稼ぐため、大森に促した。
「大森さん、それに宮﨑さん。他に気になる点はありませんか?例えば、杉浦さんや福田さんに関わる変わった行動や話題など」
宮﨑は一瞬戸惑った表情を浮かべた後、ためらいがちに口を開いた。
「実は......杉浦様、昨日の夜から何かに怯えているような様子だったんです。電話が鳴るたびに驚いていたり、何度も外を確認したり......普段はそんな方じゃないのに。」
「怯えている、か......」
佐伯は視線を落としながら言葉を繰り返した。
『杉浦の失踪と福田車掌の遅れ……どちらも通常ではあり得ない状況だ。それに、杉浦が秘書を残して姿を消すというのも不自然だ。もしかして、彼は何か“隠したいもの”があるのか?あるいは……誰かに隠されたのか?』
列車は、変わらず吹雪の中をひた走る。窓に雪が打ち付ける中、三人の思考は白い闇の中に沈んでいった。
次回: EP3. 目撃者




