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エピローグ ~晴れ渡る札幌駅

特急「北海」編成図

荷物車/機械室 - 普通車 - 普通車 - 普通車 - 普通車 - グリーン車 - 食堂車 - 個室グリーン車

⇐至札幌(1号車側)                      (8号車側)函館⇒

 小樽駅4番ホームに停車している特急列車では、すでに発車準備が始められていた。吹雪が止んだこともあり、荷物室の積荷を全ておろし終え、静かに発車を待っていた。


「では、まだ仕事が残っていますので、私はここで」

「ええ。本当にありがとうございました」

「いえいえ。また何かあれば呼んでくださいね」

 そう言って、灯室は警官を連れて去っていった。灯室を見送った佐伯と大森は、6号車の車掌室に戻った。


・・・・・・


6号車 車掌室


「......やっと、解決したんですね」

「ええ、永い事件でした」

 準備をする大森の言葉に、佐伯は椅子に腰掛けて返答する。言葉の節々には、今までの疲れが滲み出ていた。


 暫くして、列車は警笛を鳴らして小樽駅を出発した。入り組んだ街並みを縫うように走り、レールと車輪のフランジが擦れて金属音を放っている。列車が加速し始めた頃、大森が佐伯にぽつりと問いかけた。


「あの、佐伯さん。宮﨑さんの話なんですけど」

「はい」

「......本当に、殺すことしか路がなかったんでしょうか......」

「............」

 車掌室にジョイント音が響く。


「......強い思いは、ときに人を視野狭窄に陥れます。相手への恨みが強すぎる余り、最悪のケースに......そのような現場を何度も見てきました」

 列車は煉瓦造りのトンネルに入る。トンネルの壁についた蛍光灯と風切り音が、エンジン音とともに後ろに流れていく。


「最初に宮﨑さんの家族に手を出し、危害を加えたのは杉浦さんです。許されることではありませんが、殺しに手を染めるのはもっと間違っている」

 一度話を区切り、窓の景色に目を向ける。トンネルはいつの間にか抜け、青く澄んだ日本海が一面に広がっていた。


「ですが、彼女は反省している様子でしたし、被害者の杉浦さんにも大きな非があります。更生の可能性があると判断されれば、酌量減軽が認められるかもしれません」

「酌量減軽......」

「被告人の情状を考慮して、裁判官の判断で刑を減刑することができるというものです」

「そうですか......」

 列車は海沿いに敷かれた線路を走っていく。活色に輝く日本海は、列車を穏やかな波で見送っていく。


「......更生してくれると、良いですね...」

「ええ、そう願っています」

 暫し無言の時間が続く。海沿いの線路を抜け、列車は内陸に向かって走ってゆく。手稲という駅を過ぎたところで、大森がマイクを手に取った。


「すいません、車内アナウンスしますね」

「わかりました」



『長らくのご乗車、お疲れ様でございました。あと五分ほどで、終着の札幌駅に到着いたします。到着後、当列車は車庫に回送致しますので、お客様はお早めのお支度をお願い申し上げます。本日、吹雪により列車が大幅に遅れましたことをお詫び申し上げます』



 大森のアナウンスが終わると、佐伯は徐ろに椅子から立ち上がった。


「もうすぐ到着のようなので、自分の座席に戻りますね」

「ああ、はい」

 大森の返事を聞いて、佐伯は荷物をまとめ始める。置いてあったペンやメモ帳をポケットに仕舞い、扉に手をかけた。


「では、事件解決へのご協力ありがとうございました」

「あの、佐伯さん!」

 車掌室を出ようとした時、大森が呼び止める声が聞こえた。一度扉から手を離し、体を大森の方へ向ける。


「どうかしましたか?」



「...あの、こちらこそありがとうございました。自分一人では、起こっている事件に気づくことなく犯人を取り逃がしていたと思います」

 一度言葉を区切った大森は、下に向けていた目を佐伯に向けた。


「佐伯さんがいなかったら、僕は何もできずに事件が終わるのを待つだけだった。あなたが居たから、事件を解決できましたし、乗客の方々に危険が及ぶこともなかった」


「この列車の車掌として、本当に感謝します。佐伯さん」

 大森からの感謝を聞いた佐伯は、ひどく驚いた表情をして固まっていた。数秒して我に返った佐伯は、無表情だった顔を破顔させて大森を見た。


「私は探偵です。事件とあれば、それを解決するのが私の仕事ですからね」

 その言葉に大森は、敵わないなと思い笑った。それを見て、佐伯は再び扉に手をかけた。


「それでは、そろそろ戻りますね。大森さん、お元気で」

「ええ。佐伯さんも、お気をつけて」

 手短に別れの挨拶を済ませ、佐伯は車内で一番長い時間を過ごした車掌室を後にした。4号車の指定席では、各々が広げた荷物を慌ただしくまとめていた。


 森駅で車掌室に向かって以来の席は、数時間前と同じ姿でそこに鎮座していた。窓際に腰掛けると、体に蓄積されていた疲れをどっと感じた。深く腰掛けて休んでいると、列車は徐々に地面を離れ、高架の線路を走行しだした。琴似駅を通過し、再度札幌駅の到着放送が流れる。


『まもなく、終着 札幌に到着いたします。お忘れ物のございませんよう、ご注意ください。本日も、特急北海をご利用くださいまして、誠にありがとうございました』

 車内の喧騒を横目に、佐伯は鞄に荷物をまとめていく。右足をかばいながら網棚の荷物を降ろし、座席において到着を待った。


 列車は、札幌駅の4番線にゆっくりと入線した。寝台列車の面影を思わせる長いホームでは、ヘルメットを被った作業員が雪掻きを行っていた。

 

 列車が停車すると、待機していた作業員たちが錐を用いて扉の氷を剥がしていく。数時間も扉を開けずに走っていたために、扉が凍ってしまったらしい。数回錐を打ち付ける音が響いた後、コンプレッサの音と同時に扉が開いた。列に並んで待っていた乗客たちは、冷たい外気に身を震わせながら列車を後にする。ホーム上には、乗客だけでなく、ニュースのリポーターやカメラマン、出迎え客などが大勢屯しており、非常に混雑しているようだった。


 席に座っていた佐伯は、混雑がある程度収まった頃合いで列車を降りた。降りた瞬間、屋根に反響した列車のエンジン音と滞留する排気ガスの臭気が佐伯を襲った。佐伯は急ぎ足で階段を下り、改札を抜ける。そのまま駅前広場に出ると、立派な札幌駅の駅舎と晴れ渡った空が広がった。


 太陽の眩しさに目を細め、次に襲った寒さに上着の襟元を上げる。雪は止んでも気温は未だ低く、佐伯は足の怪我に障らない程度で歩き出した。



 真相を覆っていた雲が晴れたかのように、空の太陽は燦々と輝いていた。


最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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