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EP12. 雪に隠された真実

特急「北海」編成図

荷物車/機械室 - 普通車 - 普通車 - 普通車 - 普通車 - グリーン車 - 食堂車 - 個室グリーン車

⇐至札幌(1号車側)                      (8号車側)函館⇒

「なんで......どうやって!」

 裏服が暴れ、佐伯は揺さぶられる。右太腿が痛みを訴え、顔を顰める。その時、横から鈍い音とともに衝撃が走った。

「やめろ!暴れるな!」


 大森が裏服と佐伯を引き剥がし、裏服を取り押さえる。両腕を掴み、背中で組ませて床に押し倒す。裏服が小柄なこともあり、すぐに立場は逆転した。

「その手にもっているのは、錐ですか」

 裏服は、右手に長い錐を持っていた。木星の持ち手に付いたタグには、「特急 北海」と書かれていた。


「それ...!見つからないと思ったら、お前が持っていたのか...!」

「............」

 裏服は口を開かず、黙って下を向いていた。フードを目深に被っているため、表情を伺い知ることはできない。佐伯は黙ってフードに手を伸ばし、指をかけた。


「...これまでの事件は、全てあなたが仕組んだものですね」

 フードが外され、裏服の顔があらわになる。






「......宮﨑さん」






 フードの中からは、数時間の間行動をともにした宮﨑の顔が現れた。彼女は、驚きと怒りが混ざりあった表情でこちらを睨んでいた。

「.........どうして、わかったんですか」

「杉浦さんと福田車掌の両名を、疑われることなく殺害できるのがあなただからです。宮﨑さん」


 佐伯は宮﨑をまっすぐ見据える。一息おき、佐伯は自身の推理を展開する。

「あなたは杉浦さんが個室から消えたため、大森さんに協力を仰いで杉浦さんを探していた...。そして、私達と行動をともにする中で、杉浦さんが未だ列車内に居ると確信したあなたは、その錐で犯行に及んだ。杉浦さんと、福田車掌の殺害という形で、です」

「杉浦さんと...福田さん!?ま、まさか......」


「ええ、個室の遺体が福田車掌、そして、この遺体が杉浦さんです。新聞の写真を見ても、特徴が一致する。加えて、両者の後頭部には小さな穴が開いています。同一人物の犯行と見ていいでしょう」

 大森は、福田が犯人ではなく、寧ろ殺害されていたということに酷く驚き恐怖した。そんな大森を横目に、佐伯の推理が加速する。


「それに、あなたは一般人であれば絶対にしないであろう行動を何回か取っていましたね」

「一般人が、しない行動...?」

 大森の疑問に頷き、佐伯は説明を始めた。

「一番は、杉浦さんの個室で遺体を発見した時の反応です。一般人であれば、死体を見れば声を上げて驚きます。しかしあなたは、唖然として立っていただけでした」


「あの中に遺体があることを知っていたからではないですか?」

 宮﨑が唇を噛む。その後も、佐伯は推理を続ける。


「ですが、あの驚き方は多少の素が混じっていたように感じました。それは何故か......あなたはあの時点で、遺体が杉浦さんではなく福田さんだと気づいたのでしょう。そして、その後に個室を確認しに行き、杉浦さんを殺害した......」

「ち、ちょっと待ってください。あの遺体が福田さん?それに、確認ってなんですか?宮﨑さんはあの時、僕とともに車掌室に戻りましたよ?」

 大森から疑問が飛ぶ。それを聞いた佐伯は、大森に確認を取る。


「大森さん、倶知安駅の発車後に、あの遺体が杉浦さんではないことはお話しましたね?」

「え、ええ。それについては聞きましたが......」

「あの遺体は、間違いなく杉浦さんの格好をしていました。監視カメラ映像で確認したので間違いありません。そして、ここの遺体は福田さんと同じ格好をしています。ですが、体型や顔は全くの別人......」


 一度息を吸い、白息を吐く。針を刺すかのような緊張感が、荷物室に張り詰める。


「杉浦さんと福田車掌は、列車内で入れ替わっていたのです」

「......つまり、入れ替わり殺人......で、でも、そんなの一体どうやって......あっ」

 大森が何か思い出したような声を出す。佐伯が目で促すと、大森は取り押さえている宮﨑に話しかけた。


「...そういえば宮﨑さん、事件の詳細を知らないはずなのに、『入れ替わり殺人』と言っていましたよね...?」

「っ......」

 宮﨑の顔が歪む。それを見た佐伯は、一抹の疑惑が確信に変わった。気持ちを深く押さえつけ、話を本筋に戻す。


「恐らく、多目的室が使われたのでしょう。長万部駅の発車後に多目的室を調べましたが、床が半乾きの状態で濡れていました。それも、かなり広範囲に。これを、一人ではなく二人が使用したものだとしたら、辻褄が合います」

「では、杉浦さんと福田さんは、最初から結託していた、と...?」

「そうだと見て良いでしょう。そして福田車掌は、杉浦さんだと誤認されて殺害された......そう考えます」

「そんな......!唯の勘違いって......!」


 大森は、同僚である福田が勘違いで殺されたと言われ、一握りの怒りを覚えた。外の吹雪は強まるばかりだ。

「...でも、宮﨑さんはどうやって遺体を福田さんだと確認したんでしょう?僕達は一緒に車掌室に戻りましたし、気づかれずに調べるのは不可能では......」

「ええ。あの時点で、遺体を調べることは不可能でした。ですから、倶知安駅の停車中に、御手洗いに行くという名目で席を外し、確認に及んだのです。そもそも、わざわざ遺体がある方の御手洗いを使うようなこと、普通はしません。それに、宮﨑さんは食堂室の方へ行ったのに、反対の普通車側から戻ってきていましたよね」

「な...!?」


 佐伯の推理によって、事件当時の状況が事細かに再現されていく。一度言葉を区切った後、佐伯は事件の真相を口にした。


「つまり、あの時に遺体を確認し、杉浦でないと確信した宮﨑さんは、個室から荷物室まで杉浦さんを探し、最後尾の荷物室で杉浦さんを発見、犯行に及んだ......というのが、この事件の全貌です」


 荷物室の中に、重苦しい沈黙が広がる。吹雪は勢いを増し、入口から吹き込む風が三人を包んだ。吹き荒ぶ雪が荷物室を覆う中、大森が口を開いた。

「...確か宮﨑さん、僕が号外を見せた時、すごく動揺していましたよね?あの時は、唯驚いただけだと思っていましたが...」

「...宮﨑さん御本人か、それか親族の方か......でしょうね」


 一度言葉が途切れ、荷物室は静寂に包まれる。宮﨑は深く下を向いており、表情をうかがい知ることはできない。それを見た佐伯は、確信を持って再度問いかける。




「...もう一度問います。宮﨑さん、あなたですね?」









「.............もう隠しても、無駄なんですね」






 宮﨑の発した言葉で、何度目かの静寂が部屋を支配する。宮﨑は唇を噛み、肩を浅く震わせていた。暫くした後、宮﨑は重々しく口を開いた。


「......そうですよ。私がやりました」

「.........」

「そんな...!どうしてですか!宮﨑さん!」

 大森が感情的に宮﨑を問い詰める。数時間の間といえど、同じ時間を過ごした一人が犯人であったことに、大森は動揺していた。問われた宮﨑は、肩を震わせ、大声で叫んだ。






「アイツは私の母さんを殺した!!」






「「っ!?」」


「...私の母さんは、私が小さい頃に父と離婚して、女手一つで私を育ててくれた。生活は良いとは言えなかったけれど、私はそれで満足だった」

 宮﨑の独白に、佐伯と大森は耳を傾ける。


「暫く中古のアートに住んでいたけど、私が小学校に入学する時に、母さんの実家に引っ越した。祖父母はすでに亡くなっていたから、広い家に二人暮らしで住んでいた」

 思い出を語る宮﨑の顔はとても穏やかで、親思いの子供を思わせた。


「でも、私が小学校六年生の頃、かあさんの家の土地に高級マンションを建てる計画が持ち上がった。それを主導していたのが......アイツ」

「......杉浦さん、ですか」

 佐伯の言葉に、宮﨑は首肯する。表情は穏やかなものから嫌悪に変わり、杉浦への途方もない怨恨が見て取れた。


「最初の方は、スーツケースいっぱいに金を詰め込んで立ち退きを要求してきた。それも一度だけでなく、来る日も来る日も訪ねてきた。玄関先に三時間以上も居座られた時もあった」


「だけど、母さんは一向に折れなかった。痺れを切らしたアイツは、別の手段に出た」

「...暴力ですか」

「な......」

「...そう。アイツは暴力団に金を積んで、母さんを攻撃させた」


 荷物室の空気が、重苦しく淀んだものに変わっていく。言い表せない不快感と冬空の寒風が刃となって襲い、吐き気を催した。

「母さんは見る見るうちに追い詰められていった。それで、私が中学生に上がる時に、母さんは身投げして死んだ」

「............」

「アイツが......アイツが母さんを追い詰めたから、母さんは死んだ!アイツが...!アイツのせいで......」

 宮﨑の口から出る言葉に、大森は体を震わせた。青い顔で佐伯を見ると、彼は冷静に話を聞いていた。静かな瞳とは裏腹に、彼の拳は固く握られていた。努めて冷静にで宮﨑を見つめ、口を開いた。


「警察を頼ろうとは、思わなかったのですか」


「......母さんが死んだ後に、警察署に行って被害届を出そうとした。けど、まともに取り合ってはくれなかった!」


・・・・・・


『すいません!!お母さんが......お母さんが!!』


『はい。はい......分かりました。そちらに伺います』


『は、はい!』


・・・


『...これは自殺ですね』


『そんな......違います!杉浦という男が!』


『杉浦って、あの不動産業大手の?こらこら、冗談も止せたまえよ』


『嘘じゃありません!』


『あんまり大人を誂うもんじゃないよ!ほら、中学生は家に帰りなさい』


『............』


・・・・・・


 話を聞いた佐伯の顔が険しいものになっていく。市民を守る為の警察が、子供に手を差し伸べないなど、到底許せるものではなかった。

 隙間から入り込んだ雪が肌を刺す。冷たさで冷静になった佐伯は、宮﨑の追求を進める。


「...先程の話から察するに、杉浦さんは暴力団とつながっていたようですね。杉浦さんを殺害すれば、暴力団組員が黙っていないのでは?」


「......それくれい分かってます。でも、私にはこれしかなかった!」






「巫山戯るな!!」






 怒号が荷物室に木霊する。宮﨑の体が震え、大森は声の大きさと冷静な佐伯が大声を上げた頃に驚いた。佐伯は怒りを一度収め、冷静に語りかけた。


「......あなたの母親は、お優しい方だったのでしょう。あなたに負担を掛けさせまいと、多くを自分で背負い込み、結果倒れてしまった...」

「っ、そうよ。母さんは「ですが」っ...」


「......だからこそ、あなたの母親は、杉浦を恨みこそすれ、あなたに罪を犯してほしいとは思っていないはずです」


 宮﨑は驚いた目で佐伯を見る。静かな黒い目が宮﨑を見下ろしていた。


「理由はどうあれ、あなたは杉浦さんを殺害しただけでなく、福田車掌の命も奪いました。許されない罪です」


 強い語気で言われ、宮﨑は再び下を向いて俯く。少し間を開けた後、再び佐伯が口を開く。


「人は歩みを止めてはいけない。どんなに辛いことがあっても、前を向いて進み続けなければならない。そこで立ち止まってしまえば、落ちるところまで落ちるのみ」




「誠実に己の罪と向き合い、前に進む。それが、あなたができる最大限の償いです」









「............母、さん...............」









 荷物室に、水滴の落ちる音が響く。肩を震わせる宮﨑から、小さく嗚咽が聞こえた。先程まで荷物室を打ち付けていた雪は勢いが無くなり、深々とホームに降り積もっていた。


 すると、荷物室の外から、ざりざりと雪を踏みしめる音が聞こえた。それを聞いた佐伯は荷物室の扉から体を出し、合図をした。直後、ホームから荷物室の入口に足が掛けられた。そこから、紺青の外套を着た者達が中に入る。すると、中から金色の標章を胸につけた女が出てきた。佐伯の前まで来ると、右手を上げて敬礼をする。


「佐伯さん、お久しぶりです。前の事件以来ですね」

「灯室さん。突然の呼出に応じてくださり感謝します」

「いえいえ、これが仕事ですから」

 灯室と呼ばれた女は、人の良さそうな笑みを浮かべる。佐伯と談笑していたのも束の間、表情が引き締まる。


「それで、佐伯さん。ホシは割れましたか?」

「ええ、そこの女性です」

「自白は?」

「先程」

「ロクの方は?」

「ここと8号車最前の個室に一柱ずつ」

「わかりました。丸井と滝田はホシの確保、須賀と嘉永はロクの確認、三崎と秦野は現場写真を頼みたい。残りの人員はホームの封鎖に回ってくれ。いいな!」


「「「「「「了解!」」」」」」


 灯室からの号令と同時に、後ろに居た警察官が一斉に動き出す。カメラのシャッター音が響き、杉浦の遺体が運び出される。大森が取り押さえていた宮﨑は、二人の警官に横を固められて立っていた。




「......佐伯さん」

「...なんでしょう」

「.........ありがとう」




 それだけを言い残し、宮﨑は荷物室を出て階段を下った。佐伯と大森、灯室は、その後姿を見つめていた。宮﨑の姿が見えなくなった時、灯室が口を開いた。


「...佐伯さん、またホシに好かれたんじゃないですか?」

「気の所為ですよ」

「あなたが解決した事件のホシは、みんな憑き物が落ちたような顔をしていますよ」

「...そうですかね」

「ええ。あなたは良い探偵さんですよ」

「......買いかぶりすぎですよ。今回、犯人を倶知安駅で捕まえられていれば、杉浦さんは死ななかった。私の判断が招いた死です」



「そんなの、佐伯さんは悪くないじゃないですか!」



 今まで黙っていた大森が口を開いた。驚いてそちらを見ると、大森が再び話し出す。

「杉浦さんを殺したのは宮﨑さんでしょう!だから、佐伯さんは......!」

「そうですよ」

 大森の言葉に同調するように、灯室も佐伯に語りかける。


「そもそも倶知安駅の停車時間は短かったんですから、警察が到着する前に列車は発車していましたよ。あなたは少し背負い込みすぎです」

 二人の言葉で、佐伯は漸く肩の荷が下りたようだった。荷物室の入口から見える雪は、段々と弱まっているようだった。


・・・・・・


「ここにずっと居るのもなんです。外に出ましょうか」

「ええ、そうしましょう」

 灯室の提案に応え、三人は小樽駅のホームに降り立った。警察官たちの足で固められた雪を踏みしめると、ぎしぎしと独特の音がなった。


 空を見上げると、実に函館駅以来の太陽が顔をのぞかせ、霜の降りた車両を照らしていた。

次回: エピローグ ~晴れ渡る札幌駅

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