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EP11. 雪中行軍

特急「北海」編成図

荷物車/機械室 - 普通車 - 普通車 - 普通車 - 普通車 - グリーン車 - 食堂車 - 個室グリーン車

⇐至札幌(1号車側)                      (8号車側)函館⇒

 列車から転落した佐伯は、線路脇で呆気にとられていた。暫くそうしていると、肌を刺す寒風によって我に返った。立ち上がろうとすると、目眩とともに太腿に鈍い痛みが走った。

『頭と右太腿を線路に打ち付けたのか。痛いが、歩けないほどじゃないな』


 耳を澄ませると、雪原の向こうにかすかに踏切の警報音が聞こえた。駅の構内からそう遠くはないのだろう。痛む体に鞭を打ち、小樽駅方面に歩みを進める。そびえ立つ信号機を横目に、佐伯は今の状況について整理していた。

『落ちる前に見た遺体......車掌服を着ていたことから、おそらく福田車掌だろう。だが、なぜ死んでいた?それに、あの遺体が福田車掌なら、個室の遺体は一体誰なんだ...?』

 佐伯は深雪の中で足を進める。吹き荒ぶ寒風に伴い、佐伯の体温は下がり続ける。頭部の強打による目眩も相まり、数百メートル進んだところで佐伯は膝をついた。


『目眩が思った以上に酷い......このままでは凍死してしまうぞ......』

 背筋に寒気が走ったその時、体の横のレールが振動し始めた。後ろを振り返ると、重厚なエンジン音を響かせた列車が、吹雪の中から姿を現した。


 佐伯は列車を躱すために動こうとするが、目眩と寒さのせいで思うように体が動かない。列車の輪郭がはっきりと見えた時、列車がけたたましい警笛とブレーキ音を鳴らし、佐伯の目前で停車した。


「おい!あんた大丈夫か!」

 運転席から身を乗り出し、中年の男が佐伯に話しかける。佐伯が声を発する前に、男は列車を降りて近づいてきた。


「待ってろ、すぐ中に入れてやる」

 そう言うと男は佐伯を背負い、運転室の中に戻った。暖房の熱気が体を包むのと同時に、別の細身の男が列車後方からやってきた。

「おい、急にどうした...って、誰だよそいつ」

「線路に倒れてたんだ。ほっとくのも危ねぇし、中に入れた」

「お前なぁ...一般人の運転室の立ち入りはご法度だろ」

「しょうがねぇだろ、このままだと、こいつ凍死してたかもしれねぇぞ」

「それにしたってだろ。本社にバレりゃ、俺らの首が飛ぶぞ」

「首が飛ぶ前に、こいつの命が飛んじまうぜ。バレなきゃいいんだよ、バレなきゃ」

「お前なぁ......」


作業着の上に蛍光チョッキを着た彼らは、どうやら作業員のようだった。目眩が治らない頭を回し、佐伯は状況の把握に努めた。

『あのままだったら確実に凍死していただろう......この男たちは“良い意味でルールを破る”人種だ』

 動けない佐伯をよそに、二人は話を進めていく。背負われたまま動かない佐伯を見た細身の男が、表情を険しくする。


「なぁ、こいつ全然動かねぇけど、怪我してるんじゃねぇか?」

「なんだと!?おいあんた、どこか怪我してるのか!?」

 中年男の大声が頭に響き、思わず頭を抑える。尚も話しかけようとした男を、細身の男が諌めた。

「やめろ。こいつ苦しがってんじゃねぇか」

「おぉ、すまんすまん。それで、こいつは怪我してるかもなんだよな?」

「見た感じな。奥に救急箱があったはずだから、今取ってくる」

「頼む!俺はこいつを寝かせておくからよ!」

 そう言うと、中年男は佐伯を背負ったまま運転室の中扉を開けた。男が客室に出る寸前、佐伯は男を止めた。


「待ってください......」

「ん?どうかしたか?」

「このまま出発してください......」

「おいおい、まずあんたの手当が先だろ?」

「私は後で構いません......それよりも、特急に追いつかないと......」

「特急って......」

「犯人を.........見つけなければ............」

 男が怪訝な顔をした瞬間、佐伯の意識は暗転した。意識が落ちていく瞬間、驚いた顔で佐伯を見る中年男の顔があった。


・・・・・・


 列車の振動で、佐伯は目を覚ました。あたりを見回して、状況を確認する。どうやら、運転室端の椅子に座っているようだ。椅子から立ち上がろうとすると、運転席に座っていた中年男が振り返った。


「おう、起きたか!」

 野太い声が響く。若干の目眩を覚えたが、すぐに収まった。額を触ると、柔らかい布に触れた。どうやら包帯が巻かれているようだ。


「どうも......痛っ...」

「おいあんた、安静にしてたほうがいいぜ。右足なんかは特にな」


 立ち上がると、右足に痛みが走る。怪我をしたのをすっかり忘れていた。男の言葉に従い、大人しく座り直す。段々と状況が掴めてきた佐伯は、男に話しかけた。

「先程は助けていただいてありがとうございます」

「おう、気にすんな!おっと、自己紹介がまだだったな。俺は作業員の袋田哲司ってモンだ」

「探偵の佐伯です。ところで、この列車は?」

「ああ、これか?こいつは、倶知安から小樽までの回送列車さ。この吹雪でダイヤが乱れちまってなぁ......ったく、困ったもんだ」

 袋田と名乗った男は疲れた様子でそういった。運転室から後ろを見ると、電灯が落とされた客室が目に入った。車内の窓には、打ち付ける雪がこびりついていた。その客室の奥から、もう一人の男が歩いてくるのが見えた。


「おーい、目ぇ覚めたのか?」

「おーう、たった今な」

「そりゃあよかった。あんた、具合は大丈夫か?」


 やってきたのは、細身の男だった。短く返事をすると、彼は「そうか」とだけ言い、自己紹介を始めた。

「俺は作業員の仁戸部晋也だ。まあ、無事でなによりだぜ」

 薄く唇を上げた男は仁戸部と名乗った。名乗ったあとに、仁戸部は佐伯の様態を確認していた。


「足は大丈夫か?」

「まだ痛いですが......歩けないほどでは」

「冗談でも歩いたりすんじゃねぇぞ?プロでも転ぶぜこんな雪じゃ」

 冗談交じりの会話に自然と緊張がほぐれる。一通りの確認が終わった後、仁戸部は袋田に話しかけた。


「おいテツ、定刻通りに着けそうか?」

「この調子なら大丈夫だろうが......どうやら先行の特急が詰まってるらしい。こっからは徐行運転だとよ」

「ッチ、ノロノロしてんなぁ。普通列車よりも遅いんじゃねぇのか?」

 多少の苛立ちと皮肉を込めて仁戸部は舌を打つ。会話の内容を佐伯が整理していると、運転中の袋田が佐伯に話しかける。


「そういえばあんた、どうしてこんな山奥の線路で倒れてたんだ?」

 投げかけられた問いに佐伯は体を強張らせる。数秒の沈黙の後、佐伯は口を開いた。

「...先行する特急列車から、転落してしまって...」

「「転落ぅ!?」」

 二人の驚いた声が重なった。静観していた仁戸部も口を開けて驚いている。二人の顔を見渡した佐伯は、先行の特急列車で起こっている事件について伝えた。


・・・・・・


 話を聞き終えた二人は、険しい表情で思案していた。その時、袋田がなにか思い出したような顔で佐伯の方を向いた。

「あんた、探偵って言ってたよな?事件に巻き込まれたってことか?」

「はい、その通りです」

「なんか面倒臭ぇことになってんな……」


 益々表情を厳しくし、黙り込む二人。佐伯は事件を解決するため、二人に協力を求めた。

「なんとしても先行の特急に追いつき、事件を解決しなければなりません。その為に、お二人の力を貸していただけませんか」

 佐伯は座ったまま頭を下げた。二人は困った表情で顔を見合わせたあと、決心がついた表情で佐伯に向き直った。


「顔を上げな、探偵さん。いいぜ。あんたに協力してやるよ」

「面倒臭ぇが...乗りかかった船だ。小樽までなら付き合ってやるよ」

「お二人とも......」

 笑みを浮かべてそう言った二人を、佐伯はこの上なく頼もしいと思った。前方を向いたまま、袋田が問いかける。


「それで、俺達は何をすれば良い?」

「...小樽駅で、先行の特急列車に追いつき、そこで犯人を捉えます。袋田さんは、なるべく特急から引き離されずに列車を走らせておいてください」

「相分かった。俺に任せとけ!」

「仁戸部さんは、小樽駅での下車を手伝っていただきたい」

「下車の手伝いって、なにするんだよ」

「なるべく早く特急列車に戻りたいので、列車が停止する前に飛び降ります」

「はぁ!? その脚でかよ! 命知らずにもほどがあるだろ!」

「止めろシン……いや、やっぱ止めろ! あんた、本気で言ってんのか?」

「もちろん、判断は慎重に行います」

「そういう問題じゃねぇだろ!」

 袋田が声だけで詰め寄ってくる。仁戸部も同意するように首を縦に振っている。佐伯は表情を変えずに続ける。

「早く向かうにはこれしかないんです。お願いです、手伝ってください」

「......飛び降りるなら、ホームの端がいいぜ」

「ホームの端?」

「ホームの端には屋根がねぇ。この吹雪なんだ。クッションになってくれる雪が大量に積もってる筈だ」

「なるほど......ですが、雪だけで本当に大丈夫でしょうか?」

「雪を舐めちゃぁいけねぇ。あんただって、線路脇に雪が積もってたから助かってんだぜ?雪がなかったら、バラストに頭を打ち付けてお陀仏だったろうよ」


 笑いながら言う仁戸部の言葉に肝が冷えた。転落場所の雪に感謝して前を向き、絶え間なく雪が打ち付ける窓を眺めた。二人の談笑する声を横目に、佐伯は特急列車の二つの遺体について考えを巡らせた。

『落ちる前に見た遺体......車掌服を着ていた。恐らく福田車掌に違いない。だが、なぜ死んでいたのか? もしあれが福田なら、個室の遺体は一体誰だ?』

 転落直前の様子を思い返し、状況を整理する。だが考えがまとまらず、佐伯は視線を落とした。


 列車は川沿いの線路を縫うように走っていく。旧型気動車特有の低く怒鳴るような駆動音が耳についた。

「そういや福田さん、このところ一段と窶れて見えたよなぁ」

「確かにな。髪も禿げ上がっちまって、まるで落ち武者みてぇだ」

「はは、言ってやるなよ」

 二人の話し声が狭い運転室内に響く。何気ない会話だったが、佐伯はそれに引っかかりを感じていた。


ピィィィィ......


 銀世界を切り裂くように警笛が木霊する。冴え渡った頭を挙げ、佐伯は前を見据える。山の中の小駅を横目に、列車は雪をかき分けて進んでいく。


「おい、もうすぐ小樽だぞ。降りる準備をしておきな」

「ええ」

 佐伯は椅子を立ち、列車の後ろ側に移動する。通路を歩いていく中で、佐伯に後悔と一握りの焦燥が浮かぶ。


『...私の判断のせいで、杉浦さんが殺されてしまった......倶知安の時点で、犯人を捕らえていれば......』

 後悔が判断を鈍らせる。通路の中ほどで立ち止まり、列車の揺れに身を委ねる。気持ちを落ち着け、一度だけ深呼吸をした。暖房から発せられる暖気と、窓の隙間から入る風が肺に満ちた。


『...今は前を見続けよう。後悔は、全て終わった後からでも遅くはない』

 後悔を深く飲み込み、乗務員扉の窓を開けて進行方向を睨む。小樽市街の明かりが、白の中に朧気に浮かんでいた。


次回: EP12: 雪に隠された真実

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