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EP9. 探偵

特急「北海」編成図

荷物車/機械室 - 普通車 - 普通車 - 普通車 - 普通車 - グリーン車 - 食堂車 - 個室グリーン車

⇐至札幌(1号車側)                      (8号車側)函館⇒

 倶知安駅を出た列車は、再び山間の闇へと身を滑らせていた。車掌室では、佐伯と大森が新聞の一面を広げ、沈黙のまま腕を組んでいた。


「……やはり、違いますよね。個室にあった遺体とは」

大森が言葉を濁す。

「私もそう思います」

佐伯が首を縦に振る。


「この写真では杉浦さんは小太りですが……あの遺体は痩せ型でした。顔も違いましたし、間違いなく別人でしょう」

「もう一度、確認しに行きますか......?」

 大森の声は弱々しかった。無理もない、わざわざ死体を見たい人間など、そう多くはない。新聞から写真を切り抜いて手帳に貼り付ける。


「自分一人で行きますよ。大森さんは、ここで待っていてください」

「わ、分かりました......」

 鍵を受け取った佐伯がドアに手をかけた。そのとき、通路の向こうに人影が現れた。

「あっ、佐伯さん」

「宮﨑さん。帰ってきましたか」

「はい。ところで、どちらへ?」

「もう一度、あの個室の確認をしようかと」

「ああ......なるほど」

「ここで待っていてください」


佐伯が足音を消して歩き去ると、大森は新聞を手に取り、宮﨑を中へ招いた——


・・・・・・


 佐伯を見送った大森は宮﨑を中に招き、新聞記事を見せていた。

「これ、先程の倶知安駅で貰った号外なんですが......」

「何ですか...って、不祥事!?」

「宮﨑さん、杉浦さんの秘書だと仰っていましたけど、知っていたんですか?」

「いえ、知らなかったです。でも、ここ最近杉浦様がやつれてきていたのって、これが原因なんでしょうか...」

「それとなくそんな素振りはあったんですか?」

「ええ、まあ......」


 大森が問いかけても、彼女は上の空のようだった。そこで大森は、核心に迫る質問を投げかける。

「ここの被害者欄に『宮﨑』とありますけど、宮﨑さんのご親族の方ですか?」

「......い、いえ、違います!」

「ほんとに、全然、そんな......。私、知りません!」

「そ、そうですよね。すいません...」

 大森はそう言って黙り込む。宮﨑も同じように沈黙し、車掌室の空気が重苦しいものに変わる。大森が宮﨑の瞳を見ると、焦りと怒りが入り混じった目をしていた。


・・・・・・


8号車 個室グリーン車


 先頭の個室まで足を運び、鍵穴に鍵を差し込む。右に回すと、カラリと空転する。

『施錠されていない?...ああ、鍵をかけ忘れたのか』

 そう納得し、個室に足を踏み入れる。中には相変わらず、男の遺体が鎮座していた。遺体の前にしゃがみ込み、照明の角度を変えて顔を覗き込む。手帳に貼った新聞写真を傾け、鼻筋や顎の線を何度も見比べた。


『やはり明らかに顔つきが違う...それに体格もだ。一体どうなっている...』

 目を細め、佐伯は遺体を観察する。しかし、それといった違和感はなく、男の遺体が杉浦でないことのみがわかった。


『...もうこの場で得られるものはないか』

 思考を切り上げ、扉を施錠して車掌室に戻る。ジョイント音を聞きながら、佐伯は一つの疑問にたどり着く。

『そういえば、まだ凶器が見つかっていない……。傷跡の形状からして、細長い串のようなものか。だが……この列車内に、そんなものがあるだろうか?』


 貫通扉を開け、車掌室のある車両に移る。事件のさらなる動乱を、佐伯は直感で感じ取っていた。

 扉を開け、車掌室に入る。大森と宮﨑は二人共難しい顔をして黙り込んでいた。音に気づいた大森がこちらを見る。

「ああ、戻ってきたんですね」

「はい。今戻りました」

「それで......どうでしたか?」

「間違いなくあれは杉浦さんではないでしょうね。確信が持てました」

「やっぱり、そうですか......」


 佐伯と大森の間に暗い空気が立ち込める。しばらくした後、立ったままの佐伯が唐突に口を開いた。

「大森さん。次の小樽までに、停車する駅はありますか?」

「え?えっと......ありますね。然別駅で二分ほど運転停車する予定です」

「わかりました。では、その二分の間に、私は福田車掌を探してきます」

「えっ、福田さんを?」

 宮﨑が口を開く。佐伯は頷いて続ける。


「そうです。今現在、一番怪しいと思われるのは福田車掌です。なので、見つけ出して二つ三つ質問をする予定です」

「確かに、食堂車での目撃証言もありますしね......」

 二人は神妙な面持ちで頷く。心做しか、心配気な顔をしている。話し終えた佐伯は、手帳をポケットに仕舞い、二人に背を向けた。


『二分……それだけあれば、探せるはずだ』

「大丈夫です。相手が応じなければ、すぐに帰ってきますよ」


 二人の返事を待たず、佐伯は車掌室を後にした。廊下を歩いていくうちに、一つの違和感を感じた。だが佐伯は、それを頭を振って振り払い、車内を歩き続けた。


・・・・・・


6号車 車掌室


 大森と宮﨑は、佐伯が出ていった後の扉を見つめていた。しばらくして、大森が口を開いた。

「...あの遺体が杉浦さんじゃないとするなら、一体誰なんでしょうか......」

「怖いですよね。入れ替わり殺人なんて......」


 大森は頷いた後に立ち上がり、停車準備を始めた。然別駅が近づいてきた頃だ。その時、壁にもたれかかっていた宮﨑が声を発する。

「......すいません。またお手洗いに行ってきます......」

「?ええ、どうぞ」

 大森は返事をし、宮﨑を見送った。随分頻繁にトイレに行くことが気になったが、頭を振って疑念を振り払う。


『おそらく上司がいなくなって不安なんだろう。仕方ないことだ』

 そう割り切り、大森は準備を再開するのだった。


・・・・・・






・・・・・・


1号車


 佐伯は、福田を探して列車内を歩いていた。だが、とうとう福田は見つからず、最後尾までやってきてしまった。


『最後尾まで来ても見つからない......途中で降りたか?いや、化粧室に籠もっている可能性も......』

 考えながら歩みを進める佐伯の表情は暗い。最後尾の扉を開けてデッキに出ると、流れ込んできた寒風が肌を刺した。


『...荷物車への扉が開いている?』

 1号車と荷物車とを隔てる扉は完全に開け放たれ、入り込んできた雪が壁一面に付着していた。顔を腕で隠し、扉に近づいていく。

『まさか、福田は荷物室にいるのか?そういえば、倶知安駅でも列車後方に居たな...』


 佐伯は気を引き締め直し、車両の間にかかる手すりを掴む。人の行き来を想定していないからか、幌などは無く、吹き曝しの渡り板に足を乗せる。

『風が強すぎるぞ...気を抜くと落下してしまいそうだ』


 足を乗せ、体の半分が外に出た時、荷物室の奥に赤い糸のようなものが見えた。その出所を目で追う。






 車掌服を着た男が、血を流して横たわっていた。





 

 驚きから、佐伯の動きが止まる。その時、後ろから強い衝撃を感じ、体が宙に投げ出される。


 目を見開いて、自分のいた方向を見ると、服を裏返しにして着た人物が立っていた。


 考える暇もなく、佐伯の体は線路に落下し、体中に走る鈍痛と雪の冷たさを感じたときには、自分が乗っていた列車は雪煙を上げて走り去っていた。


 列車が走った線路には、一人の探偵と排気ガスの残り香だけが残された。


次回: ■■■■■■■■

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