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EP8. 倶知安駅

特急「北海」編成図

荷物車/機械室 - 普通車 - 普通車 - 普通車 - 普通車 - グリーン車 - 食堂車 - 個室グリーン車

⇐至札幌(1号車側)                      (8号車側)函館⇒

 スーツケースから転がり出た予想外のものに、三人は言葉を失った。数秒間黙った後、最初に声を上げたのは大森だった。

「うわああああ!」

 悲鳴を上げ、壁により掛かる。入口の扉は閉じていたため、外には聞こえていないようだった。


「......杉浦様、なんで......」

 宮﨑が呆然とした様子で話す。隣に立つ佐伯も、言葉を失っていた。

『杉浦が死んでいる!?どういうことだ?』

 焦りを見せないように心がけ、佐伯は呆然とする二人に話しかける。


「二人は先に車掌室に戻っていてください」

「えっ?佐伯さんは?」

「私はもう少しこの部屋を調べてから戻ります」

 佐伯は二人にこの部屋を出るよう促す。仏と一緒の部屋にとどまるなんて、一般人には難しいだろうという配慮だった。

「...わかりました。宮﨑さん、行きましょう」

「はい......」

 血の気の引いた様子で、大森は部屋を後にする。宮﨑は一度こちらを振り返った後、大森の後を追った。


「さて......」

 死体との二人きりとなった室内で、佐伯は死体を調べ始める。

『顎関節以外に死後硬直は見られない......死亡して二時間前後か。福田が個室グリーン車に出入りしていた時間帯と合致するな。だが、福田車掌がやったという証拠は今のところない......』


 一通り調べた後、佐伯は遺体の顔を見る。肉付きが良く、頭頂部が禿げ上がった顔は、いかにも中年の会社経営者といった雰囲気だ。頭の裏側を見てみると、頭の首の付け根部分に何かが刺さったような傷があった。

『......なるほど、大後頭孔か。確かに、このやり方なら楽に殺せる』

 犯人が取った殺害方法が分かったところで佐伯は一度立ち上がり、俯きがちにベッドに腰掛ける。すると、あるものが目に入った。

『......足跡?』

 スーツケースの周辺に、複数の足跡が散らばっていた。溝の柄を見ても、佐伯の履いている靴とは異なるものだった。


『この柄......私のものではないな。何かヒントになるかもしれない』

 佐伯はポケットからペンとメモ帳を取り出し、足跡の柄をスケッチしていく。おおまかな柄を描写した後、佐伯は足跡を消さないよう注意して部屋を後にする。

『時系列的に、おそらく杉浦は福田に殺されたのだろうか。だが、明確な証拠はまだ...』

 答えに手が届きそうで届かないもどかしさを感じ、佐伯は車掌室への足を早めた。


・・・・・・


6号車 車掌室


 車掌室に戻ってきた大森は、力なく椅子に腰掛けた。その後から入ってきた宮﨑は、椅子に座らずに床にへたり込んでしまった。まさか人生で他人の死体を目にすることになるとは思っていなかった二人の間には、重苦しい雰囲気が広がっていた。


「......まさか、杉浦さんが殺されていたなんて......」

「私も驚きました......一体何で......」

 各々が心情を口にする。少しの沈黙の後、大森が声を上げる。

「......杉浦さんが列車内で殺されたとなると、杉浦さんを殺した犯人はまだ車内に潜んでいる、ということになりますよね」

「は、はい.......」

「これは、列車の安全を守る車掌として見逃せません。私達も、できる限り佐伯さんの手助けをしましょう」

「え、あっ......」


 大森が力のこもった目で車内を見る。乗客の安全を守る、車掌としての責務がにじみ出ていた。前で動揺している宮﨑に気づいた大森は慌てて声を掛ける。

「ああ、すいません。一人で熱くなってしまって......宮﨑さんは、ここで休んでいていいですよ」


 上司が突然遺体で見つかったという状況に頭が追いついていないのだろうと配慮し、大森は宮﨑を椅子に座らせた後に独自の考察を始める。

『あの状況に動揺してあまり観察できなかったが、スーツケースの周りの足跡......あれは車掌用制服の革靴のものだ。だとすると、杉浦さんを殺したのは福田さんか?いや、でも......』


 そこまで考えたところで、8号車側から足音が聞こえた。佐伯が戻ってきたと思い、大森は一度考察を切り上げた。凍りついた窓の外には、次の駅を知らせる看板が雪に埋もれた状態で通り過ぎていった。雪がついた看板には、『ニセコ』と書かれていた。


・・・・・・


 車掌室に戻った佐伯は、窓際の椅子に腰掛けた。近くに座る宮﨑が暗い顔で佐伯に話しかける。

「佐伯さん、なにか手がかりはありましたか?」

「はい、いろいろと分かってきました」


 佐伯は、遺体の死亡推定時刻から福田が怪しいこと、遺体の死因とスーツケース周辺の足跡について二人に説明した。

「......これらの要因から、福田さんが杉浦さんを殺害した可能性が高いと考えています」

「...でも、福田さんがやったという明確な証拠はないですね......」


 一通り説明を終えた佐伯は、大森の言葉に頷いた後に他の証拠がないか考える。その直後、宮﨑が佐伯に声を掛ける。

「.....あの、浅学で申し訳ないんですけど、大後頭孔ってなんですか?」

「大後頭孔というのは、頭蓋骨の後ろにある後頭骨に空いている穴のことです。この穴は脳に繋がっているので、長い針などで狙って刺すと、簡単に脳を傷つけて死に至らしめることが可能です」

 その言葉を聞いた宮﨑は目を見開き、驚いた表情を浮かべた。会話が終わると、機会を伺っていた大森が佐伯に向かって話し出す。


「...佐伯さん、その足跡ってどんな柄でしたか?」

「簡単なスケッチですが、このような柄でした」

 足跡の柄を聞いてきた大森に、佐伯は先程のスケッチを見せる。それを見た大森は、納得したような表情を浮かべ、「やっぱり......」と呟いた。

「大森さん、なにかわかりましたか?」

「これ、車掌用制服の革靴の柄です。うちの車掌の靴はみんなこの柄ですよ」

「なんですって?」


 大森の思わぬ証言に、佐伯は体を大森に向ける。宮﨑もこちらを覗き込み、質問を投げる。

「じゃあ、大森さんも履いているんですか?」

「ええ、そうですよ」

 そう言いながら大森は自身の履いている靴の裏面を見せる。そこには、佐伯のスケッチとそっくりの溝が掘られていた。


「それに、この足跡、かなり溝が浅いですよね」

 その言葉を聞いた佐伯は、もう一度大森の靴底とスケッチを見比べる。確かに、スケッチの方は本来溝である部分にも水が付着しており、その靴の溝がかなりすり減っていることが見て取れた。

「靴底がそんなになるまで履いてるのは福田さんくらいですよ。社内でも指折りのベテランですから」

 大森の証言を受けた佐伯は、これまでの証拠、証言と照らし合わせて仮説を構築していく。


『調理員の証言、遺体の死亡推定時刻、足跡の特徴......これらの証拠から判断するに、杉浦を殺害したのは福田と見ていいだろう』

「そうすると、杉浦さんを殺害したのは福田さんの可能性が高そうですね」

 二人に聞こえるように佐伯が言うと、大森は息を呑む。そして、重々しく口を開いた。

「......やっぱり、福田さんが......」


 大森は「信じられない」といった表情を浮かべていた。それに対し、宮﨑は安堵した表情を浮かべ、息をついていた。

「......よかったです。杉浦様を殺した犯人が見つかって」

 そう言う宮﨑を見つめる佐伯は、一つの引っかかりを感じていた。

『だが、何か引っかかる......もし福田が犯人だとして、自分が犯人だと疑われるような証拠をいくつも残すとは思えない......この事件は、一筋縄ではいかなさそうだ』


 佐伯が考えを巡らせていると、車掌室に備え付けられた通信機から司令の声が聞こえてきた。大森は受話器を手に取り、通信を始める。

『こちら列車司令、特急北海九号の車掌室、応答願います』

「こちら特急北海九号、どうぞ」

『次の倶知安駅では、停車時間を五分から三分に短縮してください』

「停車時間短縮、了解しました」


 やはり通信は最低限に抑え、大森は慌ただしく停車準備を始める。佐伯は懐中時計を取り出し、時刻を確認する。佐伯は一つの疑問を浮かべ、大森に問う。

「大森さん。他の列車の運行状況はどうなっているんでしょうか?」

「この列車以外のですか?まあ、この吹雪ですし、路線全体に遅延か運休が波及してますね。この列車の後ろの普通列車は、倶知安駅で運転打ち切りののち、回送列車になるみたいです」

「なるほど......」


 佐伯は窓を見る。先ほどと比べて勢いを弱めた吹雪の先に、駅の灯りが浮かび上がったのは、その直後の出来事だった。


・・・・・・


倶知安駅


 列車は、更に今の遅れを広げて倶知安駅に到着した。地方の駅といった風貌の駅舎にはストーブが焚かれ、活気が溢れていた。列車が到着するのと同時に、駅舎から数人の人がホームに出、跨線橋を渡って列車が停まるホームに向かっているのが見えた。


「すいません、お手洗いに行ってきます」

「ええ、どうぞ」

 宮﨑が食堂車方面に歩いていき、車掌室には佐伯と大森の二人が残った。

「なんだと!?」

 倶知安駅のホームに、列車のエンジン音にも負けないほどの怒号が響く。何事かと佐伯が目をやると、そこには少し前に出ていった福田が居た。佐伯は警戒度を引き上げ、会話を聞く。どうやら、駅員であろう人物と会話をしているようで、福田は見たところかなり怒っているようであり、駅員は恐々としつつも説明を続ける。


「で、ですから、小樽駅で積み込み予定の荷物ですが、積み替え用のトラックが立ち往生したため、後続列車への積み込みに変更だと司令が......」

「そんなことわかってんだよ!クソッ!」

 どうやら福田は、小樽駅での荷物の積み込みがなくなったことに怒っているようだ。その光景を眺めている佐伯は、考えを巡らせていた。

『なぜそんなことで怒る?彼の性格からして、仕事が減ったことは喜ぶはずだ。なのに、なぜ......』


 そうして考えた後、ひとつの結論に行き着いた佐伯は、大森に話しかける。

「大森さん、毎度毎度申し訳ないのですが、また下車させていただきたいんですが」

「いいですよ。もう二回もやってるので、何回やっても同じです」

 大森は苦笑しつつ、車掌室の扉を開ける。佐伯は昔の客車対応の低床ホームに降り立ち、駅舎まで駆ける。

「発車まで三分ですから、早く戻ってくださいねー!」

 窓から身を乗り出して叫ぶ大森に手を振り、佐伯は駅舎外の公衆電話に駆け込んだ。


「もしもし、大熊さんですか?」

『ああ、そうだ。また何か用か?』

「そうなんです。実は......


・・・・・・


6号車 車掌室


 佐伯を見送った大森は、車掌室の椅子に腰掛ける。そして、彼は独自に考察を組み立てていく。

『杉浦さんを殺害したのは福田さんなのか?そうだとしても、動機はなんだ......?それに、あの遺体......何か...』

 彼が頭を悩ませていると、車掌室の窓を叩く音がした。窓を開こうとすると、凍りついているのか開かなかった。

『たしか、氷を落とすための錐が......あれ、ない?発車したときにはあったはずだが』


 大森は氷を剥がすための錐を探したが、見つからなかった。仕方なく手で氷を剥がして窓を開けると、外の冷気とともに元気のいい男の声が入ってくる。

「どうも、後志日報です!号外ですよー!」

 この寒さだと言うのに上着も着ずに話す男は、どうやら新聞の売り子のようだった。号外に興味を惹かれた大森は、窓から身を出して話す。

「それじゃあ、二部ください」

「はいよ!」

 売り子は首から下げた鞄から丸められた新聞を二つ取り出し、大森に渡す。そうすると、普通車の方へ歩いていった。どうやら、今と同じように窓から受け渡すつもりのようだ。再び椅子に腰を下ろした大森は、新聞を手にとって考える。


『二部しか取らなかったけど、宮﨑さんの分も取ればよかったかな』

「どれどれ......ん!?」

 大森は新聞を開き、見出しを見た状態で固まった。そこには、

『杉浦幸治、不祥事か!?』

 と書かれていた。詳しく読み勧めていくと、どうやら杉浦は家計が苦しいシングルマザーの家庭を狙って地上げを行い、土地を買収していたようだ。


「ひどい......」

 読めば読むほど彼の不祥事について事細かに書かれており、読んでいるこちらの気分が悪くなってくる。そうして読み進めると、記事の一番下に被害にあった家族の名簿が並んでいた。何気なく目を通していると、最後の家族に目が止まった。


「『宮﨑』......ん?」

 引っかかりを感じつつ、ページを捲る。二枚目には、杉浦の顔と共に説明が書かれていた。三枚目も軽く読み終えると、大森は二部の新聞を四つ折りにして戸棚に入れ、鍵を締めた。大森は何も言わず、佐伯が走っていった駅舎の方を見つめていた。


 すると、外の廊下から物音が聞こえた。

「ん?何だ?」

 室内扉を開けようとした時、佐伯がホームを走って来るのが見えた。雪深いホームを駆け、車掌室の扉を開ける。冷気が大森の顔を刺すのと同時に、佐伯が車掌室に入り扉を閉めた。

「佐伯さん、今まで何をしてたんですか?」

「ただの連絡ですよ。こちらでは、特に何もありませんでしたか?」

「......いえ、一つだけあります」


 佐伯が怪訝そうな表情を浮かべる。それを脇目に、大森は戸棚の鍵を開け、新聞を佐伯に手渡す。佐伯は微妙な表情を浮かべたままそれを手に取る。

「これは...号外ですか?......っ!」

 折られた新聞を広げた佐伯の目が見開かれる。数十秒間だけ目を通した後、佐伯は口を開いた。

「杉浦の不祥事、ですか」

「はい。もしかすると、杉浦さんは恨みを買っていたのかもしれません」


 佐伯は考える素振りを見せ、大森に問いかける。

「...大森さん。福田車掌は、杉浦さんのことについて何か言っていましたか?」

「......いえ、私は何も...」

「そうですか......」

 そう言うと、佐伯は再び新聞に目を落とす。その前で、大森は倶知安駅の発射準備をし始める。準備を一通り終え、扉を開けて外に出ようとしたその時、佐伯は違和感を覚えた。


『この杉浦の顔写真......あの部屋の遺体と違う...?』

 佐伯は新聞の二枚目に載っている杉浦の顔写真と全体像を凝視する。写真には、長髪で骨ばっていて、目元に傷がある男が映っていた。


『あの遺体は長髪でも痩せても居なければ、傷もなかった......つまり、あの遺体は杉浦ではない......!?』


 内心で驚愕する佐伯をよそに、列車は倶知安駅を出発する。列車の進む先には、高く高くそびえ立つ雄大な山々が牙を向いて、そこに鎮座していた。


次回: EP9. 探偵

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