1 5734年から来た魔女
「え⋯ここどこ?」
さっきまであの小屋の中にいたのに、なぜか公園に移動している。
しかも、さっき友達と遊んでいた公園とはまた別の場所。
とりあえず、お腹すいたし何か食べよう。
そう思い、カフェのメニューを見たらびっくり!
ア、アイスクリームってナニ?ナポリタン、せんにひゃくコイン?この糸みたいなやつがなぽりたん?しかもせんにひゃくコインって?これがお金の単位なの?もしかして私、変なとこに来ちゃった?
色々考えていたら、中から店員さんが出てきて、
「入る?」
と聞いてきたから、とりあえず事情を説明することにした。
友達と遊んでいたら、迷子になったこと。
森の中で迷っていると、古そうな小屋があったこと。
扉を開けると、もう1つ扉があったこと。
その扉の中に飛び込んだら、ここに来たこと。
正直、ちゃんと聞いてもらえる気がしなかったが、店員さんは真剣に最後まで話を聞いてくれた。
「なるほど、お名前は?」
「リリカです。」
「リリカちゃんね。リリカちゃんはどこから来たの?」
「ミルセアってところです。」
そう答えると、店員さんは不思議そうな顔をした。
どうやら、店員さんの話によると、ここもミルセアだそうだ。
「同じ場所から同じ場所、なのに光景は全然違う⋯」
「リリカちゃん。とりあえず、元の世界に戻るまでうちで暮らさない?」
店員さんがそう提案してくれたので、私は店員さんの家で暮らすことにした。
「ママおかえり〜ってこの子誰?」
多分店員さんの子供だろう。私のことを不思議そうに見ている。
「マリ、話はリビングでしましょう。リリカちゃん。今日は暑いから、冷たいお茶でも一緒に飲みましょ。」
「いや、全然大丈夫です。」
私は遠慮したけど、店員さんは冷たいお茶を用意してくれた。
そのあと、私たち3人はリビングに行って話をした。
「⋯っていうことなんだけど、どういうことかわかる?」
マリちゃんに聞いてみると、しばらく悩んでからひらめいたような顔をした。
「もしかして、タイムスリップとか?リリカちゃん、元々の世界は西暦何年だった?」
「5734年だけど⋯」
戸惑いながらもマリちゃんの質問に答えると、
「やっぱりそうだ!リリカちゃんは未来から来たんだよ!今は2025年だよ!」
なるほど。だから同じ場所でも光景は全然違ったんだ。
「マリ。リリカちゃんはしばらくこの家で暮らすのよ。わかった?」
「わかった。リリカちゃん、しばらくよろしくね!」
「私こそよろしく、マリちゃん!」
「でもどういうことなんだろうね、だってリリカちゃん、5734年から来たんでしょ?」
マリちゃんが布団の中でそう呟く。
「うん。だから、カフェのメニューを見ても、全然知らないものだらけだったよ。」
「そうなんだ!じゃあ、コーヒーは知ってる?」
「知らない!どんな味がするの?」
「なんかね、色は茶色で、すっごく苦いの!だから私は、ミルクとシュガーを入れて『カフェオレ』っていう飲み物にして飲んでいるんだ!今度リリカちゃんも一緒に飲んでみる?」
「ミルク」「シュガー」「カフェオレ」。知らない言葉ばかりだったけれど、大体イメージはつく。
「うん!飲んでみたい!あ、そういえば、カフェのメニューに『ナポリタン』っていう食べ物が紹介されていたんだ。それってどんな味がするの?」
「ああ、ナポリタンね!なんか、麺の上にケチャップがかかっていて⋯」
「ええっ!ケチャップがかかっているの⁉︎」
「え、そうだけど、どうして?」
「5734年のミルセアでは高級食材なんだよ!」
「へぇ、そうなんだ!じゃあ、明日の昼ごはんはママに頼んでナポリタンにしてもらおうか!」
「うん!」
やっぱり2025年と5734年では違うところがたくさんあるんだなぁ。
そう思っているうちに、眠りについていたのであった。
私はその夜、ある夢を見た。
謎の人たちに追いかけられる夢だ。
気づけばそこは5734年のミルセア。
いつもより少し騒がしい。
今は建物と建物の隙間に隠れているから安全だが、いずれここは見つかってしまう。
「どうしよう、見つかっちゃうよ!」
ここを出なければ捕まることは確実だが、辺りには謎の人たちがたくさんいるから、正面突破することは100%無理だろう。
なんとか見つからずにここから離れないと!
私は植木鉢の後ろを這いつくばって通ったり、謎の人たちの目を盗んでダッシュしたりして、なんとかあと少しのところまで来ることができた。
あともう少し!そう思ってつい、気を緩めてしまった。
周りにいる謎の人たちに見つかってしまったのだ。
私は追いかけられ、ついに行き止まりまできてしまった。
そうだ!自分は魔法を操ることができる。
空を飛ぶことも、瞬間移動することもできるのだ。
早速魔法を使うことにしたが、なぜか魔法が使えないのである。
すると、謎の人たちの1人がこう話した。
「お前は魔法を裏切った。5734年のミルセアを放って、2025年のミルセアで暮らそうとした。魔法が使えないのも当然だ。」
「そんなことない!私は5734年のミルセアが嫌いで2025年のミルセアに来たわけじゃない!だから⋯」
その後、自分がどんなことを言っていたかは覚えていないが、そこで私の夢は終わった。
ピピピピッピピピピッピピピピッ⋯
マリちゃんの目覚まし時計で目が覚める。
いつものようで、いつもじゃない朝。
聞き慣れない目覚まし時計の音。
5734年にはないエアコン。
元の場所とは全く違う異常な暑さ。
「おはよう、マリちゃん。」
私はマリちゃんに一言挨拶をして、リビングへ向かった。
「あら、2人ともおはよう!」
「おはようございます!」
私がそう挨拶すると、店員さん⋯マリちゃんのお母さんは、くすくす笑いながらこう言った。
「敬語じゃなくてもいいわよ。あと、私の名前は『サキ』っていうんだけど、『ママ』って呼んでも構わないわ。」
マリちゃんのお母さんはそう言ってくれたけれど、私は「サキさん」って呼ぼうと思う。
でも、お母さんの呼び方って、人それぞれだよね。
私は「お母さん」って呼んでいるし、マリちゃんは「ママ」って呼んでいる。
「母ちゃん」って呼ぶ子もたまにいる。
マリちゃんに借りた服を着ながら、そんなことを考えていると、
「ご飯できたわよ〜」
とリビングの方からサキさんの大きな声が聞こえて来た。
私は「はーい」と一言返事をして、ダイニングテーブルへ向かった。
それから、昨日サキさんが
「ここはリリカちゃんの席だから、自由に使って。」
と言っていた1番奥の席に着いた。
マリちゃんのお父さんがタンシンフニンで今は家にいないから、椅子が1つ余っていたらしい。
朝ごはんは、茶色いスープと、四角くて黄色いふわふわした食べ物と、肌色のお肉と、サラダ。
私はおそるおそる四角くて黄色いふわふわした食べ物にかじりついた。
「美味しい!これは何という食べ物なの?」
「これはね、『卵焼き』という食べ物だよ。」
「ちなみに、そのスープは『味噌汁』で、そのお肉は『豚肉』っていうんだよ。」
サキさんとマリちゃんがそう教えてくれた。
「味噌汁も飲んでみて。私、味付けにはちょっと自信があるの!」
サキさんが自信満々にみそしるを勧めたので、一口飲んでみた。
「なにこれ!しょっぱい!」
「ごめん、お口に合わなかったかしら?」
「いや、とっても美味しい!ありがとう!」
私がそう答えると、サキさんはほっとしたような顔をした。
5734年のミルセアでは、しょっぱい食べ物があまりないので、しょっぱいものを食べることが、久しぶりだったのだ。
「そういえば、リリカちゃんは昼ごはんでナポリタン食べたいらしいよ!」
「そうなの。5734年のミルセアでは、ケチャップは高級でなかなか買えないんだ。」
「じゃあ、今日の昼ごはんはナポリタンにしましょうか!」
やっぱり、5734年と2025年では全然違うなあ。
サキさんとマリちゃんが話していることも全然わからないんだよね⋯
「マリー!出かけるから、パジャマ脱いで服着なさい!ほら、そこにワンピース置いてあるでしょ!」
「ええっ!今からどこ行くの?」
マリちゃんは「そんなの聞いてない!」と言いたげな顔でサキさんの方をみた。
「話聞いてなかったの?おばあちゃんに会いに行って、リリカちゃんのことについて相談するのよ。」
そう。私は今からマリちゃんのおばあさんに会いに行って、色々相談をするんだ。
「それにリリカちゃん、自分の服は、昨日着ていた服だけでしょう?もし、今すぐには帰れないことになったら、4着ぐらい服を買っておきましょう。」
「うん。わかった!」
そんな会話を交わしていると、ちょうどマリちゃんが着替え終わったようなので、私たちは家を出てマリちゃんのおばあさんに会いに行った。
「いらっしゃい。今日は暑いから、来るの大変だったでしょう。どうぞ上がってちょうだい。」
マリちゃんのおばあさんは、私たちに優しく話しかけてくれた。
マリちゃんのおばあさんの家は、昔ながらの家、って感じ。
「ごめんね、お母さん。今日は休業日なのに。」
「全然そんなの構わないよ。それで、相談があるって言っていたけれど、何の相談だい?」
「この子はリリカちゃんっていう子なんだけど、5734年のミルセアから来たそうなの。何か分かることとかない?」
サキさんがおばあさんにそうたずねると、おばあさんははっとしたような顔をして、それから静かに語り始めた。
「何年かに1度、そういうことがあるんだよ。実際、私も12歳だった時にそんなことがあった。今すぐには戻れないが、1年後に戻ることができる。つまり⋯」
おばあさんはしばらく黙ったあと、私に向かってこう言った。
「つまり、リリカちゃんが元のミルセアに戻れるのは、2026年8月1日よ。」
その場に重い沈黙が漂った。
「5734年に帰れないのは残念だけど、2025年での生活も楽しいと思う!」
私は申し訳なさそうにうつむくサキさんの気分をどうにかするためにそう話しかけた。
それに、「2025年での生活も楽しいと思う」と言ったのは、嘘じゃなくて本当のこと。
1年間なんてあっという間だよ。