第七話:蒼璟の試し
翌日、緋燕――“瑠山”は、思いがけず蒼璟に呼び出された。
禁軍の裏庭。人目の少ない竹林の中。
「珍しいな。宦官見習いの名が、私の報告に挙がるとは」
蒼璟は竹に寄りかかりながら、視線を緋燕から外さない。
「……何の件でしょう」
「お前が処理した香炉の灰。そこに、“沈香とは異なる香成分”が混入していた。……説明できるか?」
心臓が跳ねた。
(まさか、そこまで嗅ぎつけていたとは……!)
だが緋燕は動じず、伏し目がちに応じる。
「皇妃様の香は、調香の際にしばしば安神香を加えます。体質により、成分が変化することも」
「うまい説明だな。では――これは?」
蒼璟は懐から一対の小瓶を取り出す。
「左は、あの妃の香灰。右は、最近お前が扱った香材の残り」
「……」
「匂いを嗅いでみろ。似ているか?」
緋燕はわずかに顔を近づけた。
左は深く沈むような芳香、右はそれに微かに似た甘み。
(間違いない、これは“藤花毒の下香”――)
その一瞬の目の揺れを、蒼璟は見逃さなかった。
「……やはりな。お前は、香に詳しすぎる」
「宦官にも、香の修練は必要です」
「だが“毒香”にまで通じている見習いなど聞いたことがない」
その言葉に続けて、蒼璟はさらに一歩、緋燕に近づいた。
「正直に答えろ。お前は、何者だ?」
空気が張り詰める。
緋燕は、懐の短匕に手を添えかけた。だが――蒼璟は、ふっと笑った。
「……今はまだ、斬る気はない。ただ、警告しておく。“鏡の奥の影”を見たのなら、それは深く、おぞましい」
蒼璟は踵を返し、竹林を後にする。
残された緋燕は、深く息を吐きながら呟いた。
「あなたも見たのね、“影の中の鏡”を……」