第六話:消えた手鏡
後宮の南端、白瓊宮の女官がまた一人、姿を消した。
その報せが密かに届いたとき、緋燕と鴇英はすぐに現場へと向かった。
「三日ぶりに部屋に戻らず、書類も机上に放置されたまま……」
「貴女の妹が消えたときと、状況が酷似してるな」
鴇英は無言で頷き、女官の寝所に踏み込む。
その中で、彼女は違和感を覚える。
「……化粧台の上、鏡がない」
「手鏡が? それがどうかしたか?」
「宮中の女官で、自分の鏡を持たない者はいないわ。とくに、“急いで去ったような痕跡もない”のに、鏡だけが消えてる」
緋燕は机の下を覗き込み、紙片を見つけた。
そこには、血で滲んだ文字で一言だけ、こう記されていた。
>《鏡の奥に、影がいる》
緋燕はふと、兄が死ぬ直前に残した手紙の一節を思い出した。
>《闇は鏡の裏から覗いている》
偶然とは思えなかった。
その時、後ろから小さな金属音が聞こえた。
「誰か来る……!」
二人は素早く部屋を抜け出すと、離れた壁の裏で身を潜める。
そして現れたのは――蒼璟。
彼はまっすぐ寝所の中に入り、鏡台の前で立ち止まると、
懐から小さな金属製の円盤を取り出した。
(あれは……鏡の部品?)
だが蒼璟はそのまま、鏡台の底を細工し、何かを抜き取って去っていった。
残された部屋には、また沈黙が戻った。
「蒼璟は、“手鏡の中に何かが隠されている”と知ってたのか……?」
「彼も動いてる。でも、その意図が読めない」
緋燕は心の中で呟いた。
(あなたは、敵か味方か――それとも、兄と同じ“夜鶯”の残党なのか)