第五話:亡き妃の髪飾り
その夜。緋燕と鴇英は、華陽妃の遺品が保管されている衣装庫へ忍び込んでいた。
「この妃、死の直前に身につけていた髪飾りが消えてるの。形見扱いではなく、誰かが“意図的に回収”したのよ」
鴇英が低く囁く。
ふたりは慎重に布の山をかき分け、引き出しの奥に仕舞われていた**一対の簪**を発見する。
緋燕がそれを手に取った瞬間――
「っ……」
指先に鋭い痛み。
見ると、簪の先に微細な針のような細工が仕込まれていた。
「毒……仕込み簪。これが凶器か」
そのとき、背後の扉がきしむ音がした。
鴇英が緋燕の腕を掴み、声を潜める。
「隠れて」
ふたりは反射的に棚の影に身を潜めた。
入ってきたのは――蒼璟だった。
彼は迷いなく衣装庫の一角へと向かい、棚の奥を確認している。
その様子は、まるで“何かを探している”ように見えた。
(……まさか、蒼璟もこの事件に気づいて?)
緋燕は息を潜めながら、男の背中を凝視する。
だが突然、蒼璟が振り返った。
「……そこに誰かいるな。出てこい」
鼓動が跳ね上がる。
(見つかった……!?)
だが、扉の向こうから別の声がした。
「司令官、皇太后様からのお召しです」
蒼璟は一瞬だけ棚の影に目を走らせたが、それ以上は追及せず、そのまま出ていった。
緋燕と鴇英は静かに息をつく。
「危なかったわね……でも、分かったことがある。蒼璟も、この件を追ってる。しかも、簪の存在を知ってる」
緋燕は、無言で頷く。
(蒼璟……敵か味方か。それとも――“もう一人の密偵”か)
後宮を揺るがす陰謀の糸が、少しずつ繋がり始めていた。