第三話 鏡の中の同類
翌日。後宮の一角、香草倉の裏手。
緋燕は昨日の“宦官”を尾行していた。背中の所作、歩き方、警戒の仕方――すべてが訓練を受けた者のそれだった。
やがて“彼”は、人目の少ない地下倉庫へと姿を消す。
緋燕は間を置いてからその後を追った。
中に入ると、すでに彼女は気配を察していたのか、背を向けたまま言った。
「やっぱり、ついてきたのね」
その声音は明らかに“女”。
振り返った顔に、緋燕は僅かに目を見張る。
美しい。だがそれ以上に、瞳の奥にあったのは――同じく何かを喪った者の色。
「……あんた、本当は何者?」
「先に名乗るべきは、そちらでは?」
お互いの距離を測りながら、ゆっくりと数歩ずつ近づく。
「緋燕。……ただの宦官見習いよ」
「私は鴇英。……元は太師の娘だったけど、今は“後宮の塵”」
彼女は自嘲するように笑いながら、懐から紙片を取り出した。
そこには、行方不明となった複数の女官や宦官の名が並んでいた。
「私は、この名簿を追っているの。“後宮失踪事件”。十人以上が“消えた”。だが記録には、一人も存在しないことになってる」
「……あんたも、密偵?」
「ええ。だけど、私の目的はただ一つ。“妹の行方”よ。彼女も女官として働いてたの。……その名簿に、最後に名前があったわ」
鴇英は冷たい瞳で緋燕を見つめた。
「あなたも誰かを探してるんでしょ?」
緋燕の手が、思わず懐の短匕に触れる。
だがそのまま、力を抜いた。
「兄。七年前にここで死んだ。“病死”とされたけど、そんなはずない」
「じゃあ――共闘する?」
「……いいわ」
かすかに頷き合い、ふたりは握手を交わさないまま、協定を結んだ。
だが別れ際、鴇英は言った。
「ひとつ、忠告しておく。……**蒼璟**には近づかないほうがいい。あの男は、人の嘘を見抜く目を持ってる」
その言葉は、緋燕の胸の奥に、静かに刺さった。