第十二話:記録に逆らう者
宦官見習い・瑠山こと緋燕は、ついに“本物の影筆”が保管されている場所に辿り着いた。
それは、後宮書庫の地下室――ただ記録を収めるだけの倉ではない。
ここには、歴代皇帝さえ目を通さぬ「禁記」が眠る。
鴇英が扉の封印を解いた。
「この先へ進めば、後には引けないわよ」
「それでも行く。兄の遺志はここにあるはずだから」
二人は蝋燭を灯しながら、ひび割れた階段を下りていく。
地下に続く空気は重く、空間そのものが“記録の墓場”のようだった。
最奥の石棚に、漆黒の木箱がひとつ置かれていた。
鴇英が静かに言う。
「これが“影筆”の本巻。皇帝すら触れぬ、裏命の帳」
緋燕は震える手で箱を開けた。
中には、数百枚の薄絹。筆の跡が記録のように並び――その最終頁には、こう記されていた。
>《次の筆を選定中:女医見習い 凌華、抹消》
緋燕の視線が鋭くなる。
「……間に合う。まだ動いていない」
その時、背後から気配が現れた。
蒼璟だった。
「お前が選ぶのか、“筆を守る”か、“記録を壊す”か」
緋燕はきっぱりと答えた。
「私は、“記録を書き換える”。殺しの命ではなく、守る記録に」
「その意志があるなら――私は剣を預けよう」
蒼璟は緋燕の足元に短剣を置いた。
「影筆は、記すだけでは闇に飲まれる。だが、書き換えるには“刃”が要る」
緋燕は筆を握りしめながら言った。
「私は筆と刃の両方を使う。“夜鶯”として、兄の遺志を生きる」




