プロローグ: ──後宮、夜半。竹林の陰にて。
風に揺れる簾越し、何者かの足音が砂利道に小さく響く。
月明かりすら届かぬその裏庭で、小柄な宦官の影が何かを地中に埋めていた。
「……やっと見つけた。毒の瓶、これで証拠は繋がる……」
その声は少年のように低く抑えられていたが、耳を澄ませば“女”の響きがかすかに混じっていた。
宦官見習い・緋燕――
本名、年齢、すべて偽り。
本当の彼女は、かつて辺境を荒らした盗賊団の一員。
その腕の刺青は、裏社会で“夜鶯”と呼ばれて恐れられた痕だ。
「ここは牙の巣窟。口で笑って、背中に刃を隠す女たちの城……」
「……だったらこっちは、影で首を斬る筆を持つまで」
そして、背後から声がかかった。
「何をしている? その箱は誰のものだ」
振り返ると、そこに立っていたのは蒼璟――禁軍司令官。
鋭い目つきで、緋燕を見下ろしていた。
「答えろ。誰の命令で動いている?」
「……ただの掃除です、司令官様」
緋燕は嘘をついた。
何重にも、重ねに重ねた嘘の仮面をつけて。
だがこの夜から、彼女の“偽り”は、静かに崩れ始める。
後宮を飲み込む陰謀の渦。
それに立ち向かうのは――正体を偽る少女と、真実を暴く男だった。