透明少女
その少女は透き通って見えた。彼女の名前は菅原ゆり。
連とエカテリーナと同じクラスだが、クラスでも存在感が薄く、まだ入学して間もないのに“自分が誰からも気づかれないことに慣れてしまった”ようだった。
しかし実は、「光に溶ける演出」を得意とする映像マニアで、パソコンとプロジェクタを使ったデジタルな演出が大好きで、部活に入らず、毎日自宅で映像の演出を考えていた。
彼女は小学生のとき、火事で自宅を失い、同居していた祖母の民話ノートだけが焼け残った。 そのノートに書いてあったのが、「見えない神さま(カムイ)」の話だった。
ゆりが映像の演出にこだわるのは「いたかもしれない存在」を、呼び出したいという気持ちからだった。
火事で失われた暖かく美しい思い出。あれは幻でも夢でもなく確かに実在していたもの。それを忘れたくない。永遠に残しておきたかった。
ゆりは映像の演出にのめり込んでいくうちに、自宅の小さなスクリーンでは物足りなくなっていった。
もっとリアルに感じたい。もっと大きな画面で見てみたい。
ゆりは、放課後、誰もいない多目的教室に入った。多目的教室はオープンスペースで扉がなく、誰もが入れるが、そこは1階の奥まった部屋で、放課後に人が来ることはなかった。ゆりは、持ち込んだプロジェクターにパソコンを接続し、ひとり“光だけの演目”を投影していた。
「やっぱり大画面は違うわ。イメージが膨らむ。」
ゆりは映像に心を奪われていた。
同じ頃、エカテリーナは多目的教室の隣にあるアイヌ文化資料室ある活動記録を見ていたが、多目的教室から異様な雰囲気を感じた。
気になってみてみると、ゆりが一人で映像を見て盛り上がっていた。
エカテリーナは見てはならないもの見たかなと思い、その場を離れようとしたが、目に入った映像を見て驚いた。
「なんて美しい映像・・・これって古式舞踊に使えるかも?」
エカテリーナは、思い切ってゆりに声をかけた。
「美しい映像だわ。ねえ、私たちの部に入らない?この映像が欲しいの。」
エカテリーナのストレートな言葉にゆりは、戸惑った。
「私たちの部って・・・?何の部なの?」
「アイヌ文化研究会よ。古式舞踊で踊るステージの演出をして欲しいの。」
ゆりの脳裏に祖母の民話ノートのシーンがよみがえった。
「あの民話ノートに書いてあったカムイ・・・それってアイヌの神様?」
ゆりはエカテリーナに民話ノートを見せた。「アイヌ文化研究会なら、この民話は知っている?」それはウェペケレというアイヌの民話だった。
それはエカテリーナにとっては見慣れた物語であった。「知っている。アイヌの民話だよ。」
「えっこれがアイヌの民話だったの?」ゆりが幼い頃から親しんでいた民話、それがアイヌの民話だと知ったとき、ゆりはアイヌ文化研究会に入ることを決意した。
「私は、昔なくなってしまった景色と、本当の自分を見てみたい。」
エカテリーナは「わかった。その景色、一緒に探そう。」
ゆりは透明だった自分の姿に輪郭と鮮やかな色が浮かんできた気がした。
「まだはっきり見えていないけど、いつか見える気がする。」
4人目が集まった。