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特別な日  作者: 口羽龍
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 2013年の3月、高校を卒業した公希は東京の大学に入学するため、東京に引っ越した。家族をみんな失ったものの、生き残った近所の人々の支えで生きていた。だが、公希は考えていた。これからは自分で頑張れるようにならないと。その為、公希は大学の傍ら、アルバイトも始めた。何もかも将来のためだ。しっかりと独り立ちして、天国の家族にかっこいい自分を見せないと。


 9月25日、公希は東京の夜景を見ていた。何度見ても興奮する。これが東京の夜景なんだ。中学校の頃、修学旅行で見た東京の夜景。とても憧れだったが、住む事になって本当に見るとは。だが、これに見とれてうっとりしている暇ではない。東京での生活は通過点に過ぎない。自分には神戸で教員になるという目標があるのだ。


「頑張ってるじゃないの」


 公希は振り向いた。そこには大学の同僚の中村がいる。中村は東京で会社員になろうと思っている。中村も岩手の出身だが、高校までは別々で、全く会った事がない。


「ありがとう」

「まさか岩手じゃなくて、神戸で教員になるとはな」


 中村は驚いている。公希は岩手出身で、高校も東北なのに、どうして神戸で教員になろうと思ったんだろうと。何か、大きな理由があるんじゃないかと。


「僕はあの日に生まれたんだもん」


 公希は重い口を開いた。それは、嬉しい日でもあるし、忘れがたい日だ。


「あの日?」

「僕は平成7年1月17日に生まれたんだ」


 中村は呆然とした。その日は阪神・淡路大震災があった日じゃないか? まさか、この日に生まれたとは。なんという運命のめぐりあわせだろうか?


「その日って、阪神・淡路大震災じゃない」

「うん! だから、僕は神戸と東北をつなぐ架け橋になりたいと思って」


 公希は拳を握り締めている。公希は決意を固めていた。あの日に生まれたから、あの日を語り継ぎたいんだ。


「そうなんだ。すごいね」

「ありがとう」


 と、ニュースではスポーツのコーナーがやっている。パリーグは楽天イーグルスの優勝マジックが2になったと言っている。今年の楽天イーグルスは快進撃を続け、首位を独走していた。東北はとても盛り上がり、創設以来初の優勝に期待していた。東日本大震災から2年、被災した東北の希望の光のごとき楽天イーグルスは初優勝に向かって勝ち進んでいた。昨日も今日も負けたものの、マジック対象チームの千葉ロッテマリーンズが負けたため、優勝マジックが1つ減ったのだ。明日の西武ライオンズ戦に勝って、千葉ロッテマリーンズが負けると、楽天イーグルスの初優勝が決まる。


「今日も楽天は負けたけど、マジックが2になったね」

「ああ」


 と、公希はマー君の事を思い出した。マー君は去年の途中から全く負けていない。打線の援護もあるからだけど、全く負けていないって事を聞くとすごいなと思えてくる。きっとこれが楽天イーグルスの快進撃を支えているんだなと。


「マー君、去年の途中からずっと負けてないんでしょ?」

「うん。それもすごいけど、最も被災地のために頑張っている楽天、すごいよ」

「そうだね」


 公希は胸が高ぶった。明日にもリーグ優勝が決まるかもしれない。明日はメットライフドームに行ってみようかな? そして、目の前で楽天イーグルスの初優勝を見届けようかな?


「明日にもリーグ優勝が決まるかもしれないって」

「そうだ! メットライフドームに行こうよ!」

「そうだね」


 突然の事だが、明日2人はメットライフドームに行く事にした。目的はただ1つ、楽天イーグルスの初優勝を見る事だけだ。平日で講義があるけど、時間までには西武ドームに行けるだろう。




 翌日の夕方、2人はメットライフドームにやって来た。ここには西武ライオンズのファンが多くいるけど、楽天イーグルスのファンもいる。みんな、リーグ優勝を見届けたいと思っている人々ばかりだ。その思いに、楽天イーグルスの選手やコーチ、監督は応えられるだろうか?


「着いた!」


 2人は西武ドームを見上げた。メットライフドームはかつて、屋根のない球場だったが、後にドーム球場になった。


「多くの楽天ファンがいるね」

「うん」


 2人は中に入り、試合を観戦していた。試合は楽天イーグルスが先制したものの、3回裏に同点にされ、4回裏には逆転された。5回裏には2点差に広げられ、今日も負けるんじゃないかと思い始めるファンもいた。


 だが、7回表に2アウトながら満塁のチャンスを迎えた。ここで一気に逆転して、優勝を手繰り寄せてほしいと願っていた。


 そんな中、打席に立ったジョーンズは、その期待に応えて、走者一掃のタイムリーを打った。ジョーンズは西武ライオンズのキャッチャーが送球をそらすのを見て、本塁に突入しようとした。アウトにはなったものの、これで逆転した。


「よっしゃー! 逆転だー!」


 だが、まだまだ油断できない。1点でも取られたら同点だ。気の抜けない試合は続く。球場の楽天イーグルスファン、というより全国の楽天イーグルスファンがその様子を見ていたのでは?


 試合は9回裏になった。その頃、1つの情報が入った。千葉ロッテマリーンズが負けたのだ。これで楽天イーグルスの優勝マジックは1になった。そして、今日勝てばリーグ優勝になった。2人は興奮していた。いよいよ初のリーグ優勝が夢じゃなくなってきた。


「誰だろう」


 公希は思っていた。いったい誰が来るんだろう。全く予想できない。ピッチャー交代のアナウンスを聞いて、2人は驚いた。エースのマー君が投げるのだ。エースがどうしてと思ったが、最後はやっぱりエースがいいと思ったんだろう。ここまで来れたのはマー君のおかげだ。だから、胴上げ投手としてマー君を送り出したんだろう。


「田中? マー君?」

「やっぱり最後はエースで締めようと思ってるのかな?」

「そうだな」


 だが、マー君は得点圏にランナーを進めてしまった。1アウト2.3塁。同点になるんじゃないかと思った。だが、みんなは信じていた。きっとマー君ならきっと抑えてくれる。マー君は強い。絶対に負けない。


「どうだろう」

「ピンチ!」

「お願いお願い」


 打者の栗山巧は空振り三振に倒れた。2アウトになった。いよいよあと1アウトになった。


「三振!」


 その時、中村はある曲を口ずさんだ。それは、ファンキーモンキーベイビーズの『あとひとつ』だ。マー君がCDのジャケットを飾った曲だ。


「あと1つ!」

「どうなるだろう」

「お願いお願い」


 球場の楽天イーグルスファンは祈っていた。きっとマー君が優勝に導いてくれる。東北の復興のために戦う楽天イーグルスが、東日本大震災で傷ついたファンに最高の恩返しができる時が、刻一刻と近づいている。だが、本当にできるんだろうか? 1打同点のピンチなのに。


「どうか、東北に優勝旗を・・・」


 2ストライクになった。ついにあと1球になった。2005年のぶっちぎりの最下位、マー君の入団、初のAクラス、いろんな事があったけど、やっと優勝までたどり着ける。


「あと1球!」


 だが、マー君の投げた球はボールになった。


「ボールか・・・」


 2人はため息をついた。満塁になるんじゃないかと思った。


 だが、またしてもマー君は三振に抑えた。この瞬間、楽天イーグルスは初のリーグ優勝を決めた。


「よっしゃー!」

「やったやった!」


 公希は2005年の楽天イーグルスを思い出した。開幕戦で買ったものの、次の試合は26-0という記録的な大敗。その後も負け続けた楽天はぶっちぎりの最下位。だけど、たった8年でここまで来れた。2011年には東日本大震災があった。だけど、ここまで来れた。本当にドラマチックだな。


「8年前、あんなに弱かったチームがこんなに強くなったんだね」


 中村はスポーツの力に感動した。スポーツは、こんなにも感動するんだ。人々を勇気づけるんだなと思った。


「スポーツの力って、すごいね」

「うん」


 と、公希は涙を流した。天国の家族も、楽天イーグルスの初優勝を見ているかな? そして、涙を流しているだろうな。


「どうしたの? 泣いてるよ」

「感動してるんだよ」

「すごいね」


 その後、楽天イーグルスはクライマックスシリーズも勝ち進んだ。さて次は日本一をかけて巨人と日本シリーズだ。どうなるかわからないけれど、今年を最後にメジャーに行くマー君のためにも、そして被災した東北のためにも日本一になってほしいな。

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