5 対等に
執務室へと到着し、ののしり合いから肉弾戦の喧嘩に発展した彼らをとりあえず監視をつけてそれぞれで隔離をしたと報告を受け、頷いて使用人たちに視線を向ける。
アメーリアはすでに向かいのソファに座りながら鼻をすすってクスン、クスンと泣いている。
「……アメーリア、レーナお嬢様が困っています。ほら涙を拭いて」
ロバータはアメーリアを慰めるようにそっと肩に手を置いて、いつもきりりとして厳しそうに見えるその顔を優しくして言った。
エイベルは少し混乱しているようで、二人のやり取りを気にしながらもレーナに問いかけてきた。
「お嬢様、さっそくで悪いですが、お話を聞かせてもらってもいいですか。先ほどの話はご自分で推察されたのですか?」
「はい、おおむねは。本の知識を借りましたが、推理をしたのは自分自身です」
「……そう、ですか。……えっと、すみませんあまりに驚いてしまって……僕は、とても何というか……尊敬に値するべきと思ったと言いますか……」
「ありがとうございます。エイベル。とても仕事のできる頭のいい人にそう言ってくださって、すごく嬉しいです」
「あ、ええと……」
彼の賛辞にレーナは丁寧にお礼を言った。
しかし彼はなんだか腑に落ちていないような様子で、それからすごく難しい顔をする。その様子を見てロバータが意を決したように聞いてきた。
「……ふぅ、たしかに素晴らしかったですが、それだけではないはずです。そうですね? エイベル」
「あ、うん。何と言ったらいいのか、でも、その急で驚いていて頭の整理がつかないです」
「っ、いいじゃあ、ありませんか。レーナお嬢様はわたくしたちの知らないところでとても立派になった。それだけで、それだけでっ、わたくしはっ」
「アメーリア、もちろんそれはとても重要ですが、そうではないでしょう」
ロバータは、彼らと言葉を交わしつつ、少し間をおいてそれから真剣な表情をレーナに向けた。
「まず、お嬢様お伺いします」
「はい」
「お嬢様は、ずっと……きちんと……ローゼ様と違って多くの事を知っていたのでしょうか」
「はい。図書館に通いだしたころから、理解できる会話が多くなってきた気がしていました」
「そう、だったんですね。…………では、私たちの態度はそんなあなたを侮辱しているようなものだったと思います」
「そうですね。今考えてみると、お嬢様は主張しようとしていたと僕も思います」
「たしかに……そうですね。わたくしはずっと、お嬢様を幼子のように扱って、お嬢様はずっと純真無垢な子供のようなまま変わらないのだと、決めつけていました」
アメーリアが言うと他二人も自分の言動を顧みて、気を落す。
「申し訳ありませんでした。こうして、お嬢様がしびれを切らして行動を起こすまで変化に気がつかず、不快な思いをさせてしまいました」
「申し訳ありません」
「大変な、失礼を働いてしまいました」
落ち込んで言う彼らは、一様に頭を下げて、レーナはその様子に少し驚いた。
なんせ、彼らはきっととても喜んで、これでクレメナ伯爵家も安泰だと晴れやかな気持ちになると思っていたからだ。
こんなふうに思われるなんて想定していなかった。
「あ、頭をあげてください。そう思う要素があったのですから、あなた達の過失ではありません。それに……私も故意にそうしていた部分がありましたから」
「故意にですか……?」
「はい。……丁度これで、屋敷の中のバランスが取れていると思っていたんです。父も私たちを顧みず、立て直すことは難しいだろうこの場所で、何かを変えることはとてもリスクがある行為だと思いました」
マイリスとレーナの二人は同じ家の令嬢であり、同じ父親を持っているがまったく違う。そして父はこちらがどうなろうときっと干渉しない。
だからこそ、マイリスに見下されて彼女が満足し、日々が平穏であるならそれでいいと思っていた。
しかし、同時に隠しきれないと思うときも増えて、マイリスはレーナを排除しようとした。
だからこそ動き出すべき時が来た。そして彼らは、こうして動いたときにきちんとレーナが知っていることをわかってくれた。
「なので、波風を立てるつもりはありませんでした。少しは賢くなったとしてもそれを無理に認めてもらわなくても、私は十分、尊重されていることを知っていましたから」
「……レーナお嬢様」
「っ、そう言ってくださいますか」
「はい。あなた達の献身を私はちゃんと知っています。なのでどうか、これからは対等に、厳しく同じ屋敷や領地を守っていく立場として私を見てください」
彼らが困っているとき、レーナも同時に頭を悩ませて努力をすることを認めて欲しい。
少しは、レーナならば大丈夫だと任せて欲しい。
そうなれるようにレーナも努力をする。だからこそ、きちんと今のレーナを見て判断すること、それを念頭に置いて接してくれたら問題ない。
「そしてどうか、喜んでくださいませんか。たくさんのことを知って、これからもっと多くの事を私がやれるかもしれない事を。あなたたちに守られるだけの子供では無い事を……嬉しく思って欲しいのです」
「ぅ、嬉しいですわぁ……っ、これ以上ない、くらい!」
レーナが言うとすぐに、アメーリアは感極まって声をあげる。
そしてすぐにまたホロリと涙をこぼして、それを見てロバータも、エイベルも、嬉しいです、嬉しいですと口々に言って、なんだか珍妙な絵面だった。
しかしレーナの要望に、いっぱいいっぱいになりながらも答えてくれる彼らが、レーナはとても大好きだ。
レーナは恵まれた生まれではなかったかもしれない。
しかし、少なくとも育つ環境には恵まれた。彼らにずっと支えてもらう事が出来て、こうして成長を示す機会を得られてレーナは間違いなく恵まれている。
そしてこれからは彼らに頼ってきた分、自分なりの出来ることで返したい。
足りていない部分もまだまだあるかもしれない、けれども埋められるように、彼らにもっと嬉しく思ってもらうために努力をしていこうと決意を固めたのだった。