その後のショートストーリー 3
「誰かに流行の好意の伝え方だと教わったな?」
これだとばかりに、断定して言う彼にレーナはあっと驚いて、そのことまでバレてしまったことが恥ずかしくて口をあけて笑った。
「その通りです。こうすると夜に二人で会えるらしいと聞いたので」
「……」
「ところでヨエル様は夜に会うとしたら何をしますか? 私は星を眺めるのがいいかと思います。天文学の本があったでしょう?」
そして続けてレーナは夜をどんなふうに過ごそうかと考える。
二人の話題にできて夜だけにしかできないことと言えば、天体観測だろう。
部屋の明かりを消して星の明かりを頼りに星座を探す、それはこうして合意を取って集まった二人のその後にぴったりなシチュエーションだ。
レーナの考えは完璧で、ほかに何かいい案はあるかと参考ばかりに聞いてみたのだが、ヨエルはそんな様子のレーナを見て、しばらくしてから「はー」っと短いため息をついた。
「……ロマンスに欠けるでしょうか?」
「いや。違う。天体観測はいい、いいんだが……良かった。とんでもない勘違いを起こしてしまわなくて。もちろん君の言葉についてはまっすぐ受け止めることにしているぞ?」
「はい」
「ただ、今回ばかりは、君の純粋さの方に賭けたな、流石に」
「そう、ですか? 私は、何か少し間違えてしまいましたでしょうか?」
自分自身の判断に納得しつつそういう彼に、レーナは首をかしげて問いかける。
彼をちらちら見ていたせいで演奏自体もないがしろになってしまっていたし、さらには何かヨエルが困るような間違いを犯していたとなったら、それはもうロマンスどころの騒ぎではない。
至急リリーに確認をしたいぐらいだった。
今更ながら恥ずかしくなってきて彼の返答を待つと、彼は割と気軽に答えた。
「いいや、間違えたというか、君は知らないこと……だろうな」
そう言いつつ彼はレーナではなくアメーリアの方を見ている様子で、こうして賢くなったと思っていてもまだまだ知らない事があるというのは、仕方のない事だ。
……仕方がないことですが、知っていきたいです。
「教えられていないのだから無理もない。ただ、ここで話をするようなことは野暮だ。せっかく夜に君の部屋に行っていいと許可をもらったんだから、そこで話をすればいいだろ」
「! ……そうですね。ではまた、夜に。お忙しいところありがとうございました」
レーナが思ったことを察したようにヨエルはそう提案し、当初の目的通りに、夜にまた会う事になったのだった。
夜になるまでの間に、一応アメーリアに聞いてみたところ
『タイミングを逃していたといいますか、知ってもらうつもりはなかったといいますか……なんとも申し上げることができませんわ!』
と彼女は言っていくらかの注意事項をレーナに授けた。
それは慎重にだとか、けれども別に怖がる必要はないだとか、そういう何とも曖昧なもので、結局ヨエルと星を見ながら夜のバルコニーでお茶をしていてもその正体は掴めない。
暗闇の中で小さなキャンドルがともっていて、それだけが手元の本を照らす小さな明かりだ。
夜は少し冷えるので、ブランケットを羽織っていて腕がかさばって少しだけページがめくりにくかった。
「……結局どれがどの星だというのは判別が難しいですね」
「ああ、首も痛い」
「たしかに」
上を見て手元の本を見て必死に目当ての星を探してみるけれども、空というのはまったく指標もなく地上のようにわかりやすいものではない。
それに長時間星を見るならば、ベッドのような場所にごろりと寝転がって見上げたいものだ。
その方がきっと楽に楽しめる。
「……」
「……」
そんなことを考えつつも星を探してしばらく沈黙が続いたのちにレーナは思い立ってヨエルに聞いてみた。
「……それにしても、昼間の話は何のことだったのでしょうか。まだ教えられていない重要なことがあると伺いましたが、あなたに尋ねれば知ることができるのでしょうか……それとも別の誰かから伺った方がいいのですか?」
アメーリアに聞いても教えてはもらえないし、そう簡単に誰彼構わず聞いてもいい事なのだろうか。
恋愛のことに関しての話になると不快に思う人もいるだろう。
だからこそ相手は選びたい。
それゆえの質問だったが、上を見ていたのでヨエルの表情はわからない。
もともと暗いので表情がうかがえるかどうかも微妙なのでそのまましばらく待ってみた。
すると、少し音がして彼が近づいてきて来ることがわかる。ふいにレーナの空を見上げる視界の中に現れた。
「……知った方がいい……というか、知った方がスムーズなのはたしかだが、俺は別に急いでないし、今更純粋な君に誰かが邪なことを教えるというのは無性に腹立たしい気がしてくる」
反対側から見下ろすようにしてこちらを見つめながら彼はそう言って少しだけ笑みを浮かべる。
「俺が全部教えてやるから心配するな。知ってるだろ、俺はレーナにものを教えるのが好きだし、得意だ。それじゃダメか?」
「いいえ、ヨエル様に教えてもらえるなら安心です」
「そうか? そう言ってくれると嬉しい」
ヨエルはそのままレーナの額にキスをして、ぱっと離れていくレーナも空を見上げるのをやめて、すぐ横にいる彼に視線を向ける。
おもむろに頭を撫でられて少し驚くが、髪に指を通されて梳かれると心地が良い。
結婚してからというものこう言ったスキンシップが増えてきた。心地いいと思う反面、なんだか心臓に悪いぐらいドキドキしてしまうときもあって一概にはなんとも言えない。
けれども慣れてくると少し落ち着いて受け入れることができる。
ついでにかがんで抱きしめられると、レーナは流石に彼の体勢がきついだろうからと立ち上がって彼の肩に顔をうずめる。
慣れているのだか、慣らされているのか、よくわからないけれども怖くはない。
「いつか、本当の意味を知って愛の曲を奏でてくれ。そうしたらその時は流石にキス以上の事をする」
「本当の意味、ですか」
「ああ、知ったら君は赤面するかもな」
「今は教えてくれないという事ですか?」
「もうしばらくはな。いいだろ、プラトニックなままでも」
彼は一人でそう納得して、レーナから離れていき席に着く。
そうして今までと同じように首を痛めつつも空を見上げて時折、あれがこの本に乗っている物ではないかとレーナに教えてくれる。
しかし秘密にされると知りたくなるもので、レーナは何度かもう一度訪ねようかと考えた。
けれども、キスや抱擁をされただけでドキドキして気持ちが乱れるのに、彼の言うそれ以上なんて教えてもらったところでできそうにないし、少し怖い。
そう思う部分が、まだ早いと判断された理由なのか何なのか、考えてみても答えは出ない。
けれども教えてもらういつかは必ずやってくる。その時には精一杯頑張ろうとしなくてもよい決意を固めて、相変わらず進展の少ないゆっくりとした関係性で二人の道を歩いていくのだった。




