その後のショートストーリー 2
屋敷に戻り、レーナは早速、ハープをもってヨエルの元を訪れようと考えていた。
しかし自室にマイリスがやってきたことによってその予定は少し延期される。
彼女は最近は、事務の仕事をよく学ぶようになった。
今までは平民の下町に行って遊んでいることが多かったが、その特徴はすっかりなりをひそめて、今ではエイベルについて仕事をする姿はすっかり板についている。
「━━━━だからこの数字を応用して、もう少し数を減らして経費削減を出来るんじゃないかって、お兄さまに言っておいてほしいのよ」
「……なるほど」
「わかってるの? いくらお兄さまが、ライティオ公爵家からの持参金を持っているからと言って、無駄遣いは厳禁よ。お金って大切だって私たちは痛いほど知っているじゃない!」
レーナのうわごとのような返事に、マイリスはちくちくと言葉を紡ぐ。
もちろんそのことは理解しているが、ヨエルが羽振りがよく見えるのは彼の魔法のせいもある。
もちろん多くの人にはまだ知られていない特別な魔法で、ヨエル自体も使いたくないと思っていたらしいが、その嫌悪感も薄れたのか最近は何かと金銭面で行き詰りそうになるとそれなりに使っているところを目撃する。
「お兄さまとお姉さまの領地や屋敷の運営については、いつもうまくいってるし、感心することもあるほどだってお父様も言っているけれど、細部は結構適当でしょう? エイベルが言ってたわ」
それについては一理ある。
もちろん真剣に考えていないわけではなく、真摯に向き合っているのだがヨエルもレーナもあまり仕事に時間をかけてやるタイプではないのだ。
なのでどうしても適当に見える部分が出てきてしまう。そういう所を直すのが事務官など実務的な仕事をしている人間の役目と言えば役目なのだがレーナも何とかしようと思っていた問題だ。
「……申し訳ありません。以後、気をつけます。マイリス」
素直に謝って、もう少し細かなことをやる仕事の時間を作った方がいいかと考えるが、彼女はレーナの謝罪に、キョトンとしてそれから首を横に振った。
「違うわ。そういう話じゃなくて、いいのよ別に、それでも。だってほらお父様みたいに細かい事ばかり気にしてそればかりに注目していると、時代の流れ? とかなんかそういう大きな事に対処できないとも聞いたわ。だから、いいんじゃない?」
「そうなんですか?」
「多分ね。で、私が言いたいのは、それにしても節約に少しは興味を持ってほしいってこと! お兄さまには…………恐れ多くて何も言えないわ、お姉さまが架け橋なのよ、頼んだわね」
「はい。そういうことなら」
彼女の言葉にまだやっぱり、馴染むのには時間がかかるかとしみじみと思う。
こうして結婚したとしても伯爵家の人間もマイリスも少しヨエルとは距離がある。
けれども焦らずに時間をかけて歩み寄っていくしかないだろう。ヨエルもそれで納得してくれている。
彼女の要望を頭の隅に記憶して二人で他愛もない話をしながら部屋を出たのだった。
それからレーナはニコニコして庭園にヨエルを呼び出し、ティアニー侯爵家の一件以来練習を欠かしていないハープを構えて、やってきた彼を見つめた。
幸い愛の曲というのは数が多い、簡単なものから難しいものまでさまざまあり、レーナもいくつかレパートリーがある。
「どうぞ、向かいにかけてください。急に呼び出して申し訳ありませんが一曲聞いて行ってくださいね」
「なんだ、突然だな。なにか新しい曲でも弾けるようになったのか?」
レーナの言葉に使用人のデールと顔を見合わせて、どういうことかと考えるヨエルに、レーナはみなまで説明してしまってはロマンチックなお誘いをする意味がないだろうと考えてニコニコしたまま黙っていた。
そんなレーナにヨエルも怒るでもなく、物は試しと向かいに座ってレーナにこれでいいかと問いかけるように視線を送る。
その視線に頷いてレーナは、さっそく弾き始める。
ハープの透明感のある音色が響いて、ガゼボ内にこだまする。天気も良く快晴でとても穏やかな風が吹いている。
ヨエルに聞いてもらっているので調子がよく、いつもよりもなめらかに指が動いた。
一番簡単な曲を選んだので合間に彼を見る。これで夜にあなたと会いたいという意味になるのだろう。
さてヨエルには伝わるだろうか。
少し期待して彼の表情を窺った。
「……」
するとヨエルは目が合ってとても意外そうというか、驚いた顔をしている。
……意味が分かったのでしょうか?
疑問に思いながらも視線を戻してまたワンフレーズ弾き終わって彼を見た。すると今度はものすごく怪訝そうな顔になっている。
……何か勘違いされていますかね?
そうして何度か、顔をあげて続きを弾いてと繰り返していくと曲はどんどんと間延びしていってとても良い演奏とは言えない。
そしてヨエルの表情は睨みつける顔から、少し期待したような顔、怒っているような顔と変化して最終的に曲を終えて彼の事を見ると、彼はとても真剣な顔で口を開いたのだった。




