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4 偽物 *




 レーナはアメーリアや、ロバータ、エイベルに同席してもらって、レーナの行動を見届けてもらうことにした。


 彼らはレーナが行動すると皆目を丸くして一応付き合ってくれる。いい人たちだ。


 そして、アーベルとマイリスには名前を練習しているうちに、今度はどこに名前を書けばいいのかわからなくなったと連絡をして、二人そろってレーナを笑いに来るように誘いをかけた。

 

 すると案の定、彼らはよく考えずにやってきて、そこにいる上級使用人や、彼らに囲まれているレーナを見て表情を硬くした。


「どうぞ、向かいにかけてください。アーベル、マイリス」


 手で指し示すと、彼らは多くの人の視線を受けて、その場から逃走するということは出来ずに、警戒した様子だったがレーナの前に腰かける。


 それから紅茶が出て一息ついた後、レーナは前置きなしに、背筋を伸ばして口を開く。


「私は、アーベルの香水の香りがいつも気になっていました。とても不思議で他では嗅いだことがない香りだと思って」

「は?」

「でも今は知っています。その香水は、一般的には流通していない、ここから見て西の方にある領地にしか咲いてないスズランの花から少量生成される精油から作られている物ですね」


 そして、その香水を使っていて、製造している貴族の家系はティアニー侯爵家といい、その生製法を門外不出としている。そしてティアニー侯爵家には今、年頃の貴族令嬢が一人いる。


 もらっているのか、それとも香りが移るほどの事をしているのか。


「あっていますか?」

「だ、だから何だよ、レーナ、というか何だ。突然」

「とても貴重なものですね。どういう関係性でいただくことになったのでしょうか? マイリスも気になるところだと思います」

「べ、別にいいだろ、彼女とは 何かあるわけじゃない! ただ純粋な好意として貰っているだけで」


 レーナの推察は正しかった様子で彼は、指摘してもないのに、彼女と口にして女性から貰った物だと勝手にぼろを出した。


 その様子にマイリスは怪訝そうな表情を向ける。


「どういう事よ、そんな話聞いていない。たしかに変った香りだとは思っていたけど」

「だからなにもないって、女から香水を貰っているだけで浮気者扱いするなよ」

「はぁ? 何もない人間は何もないなんて言わないのよ」

「ところで、マイリスは、ここ最近謎の発疹に苦しめられているという話を侍女から聞いています」


 彼らの痴話げんかが始まる前にレーナは別の事に話題を移してマイリスを見た。


 すると彼女はさっと手袋をつけている自分の手を手で握って、強がるように言う。


「し、知らないわそんな話」

「慣れない手袋をつけるようになったのは、そのためではないでしょうか」

「別に? 違うけど?」

「以前には唇に小さなできものがたくさん出来るとぼやいていたそうですね。あなたの生活から鑑みるに、うつされたのではないでしょうか」

「黙りなさい!!」

「平民の男性は持っていることも多いらしいですから、仕方のない事だと思いますよ。女性を介して男性にもうつるそうです」

「っ……や、やめてよ悪い冗談は……そもそもあなたにそんなことをわかるはず……」

「ライティオ公爵領の図書館で調べました。本の知識なので正しいと思います」

「嘘でしょ? ……嘘、嘘……うそぉ」

「おい、うつるって……まさか」


 話の内容を理解したアーベルは、後ずさるようにしてマイリスから離れる。


 たった今、病気の事を告げられたマイリスは、そのアーベルの些細な行動に猛烈に腹が立ったらしく、急に眼の色をギラリと変えてアーベルにつかみかかった。


「なによ急に、昨日の夜もあんなに愛し合ったのに!!」

「っ、近寄らないでくれ、け、穢れがうつるっ!!」

「なによ、なによ、なによ、ふざけないでよ!!」


 彼の胸ぐらをつかんでガシガシと揺すっているマイリスは、その瞳に涙をためている。しかし、自業自得と思うしかないだろう。


 彼女の母親は貴族ではない。平民出身だからこそ、彼女自身も平民の知り合いが多く遊ぶ相手には事欠かなかったのだろう。


 しょっちゅう男に手を出していた。


 そしてアーベルもマイリスと仲睦まじくしていたが、それだけが本分ではない。きっと本命は香水をくれた令嬢の方だろう。


 そのことは、レーナを排除しようとしたことからうかがえる。


「それと最後に、とても重要な話があります。マイリスにとってもアーベルにとっても、どうか聞いてくださいませんか」

 

 取り乱していたマイリスだったが、レーナの言葉に、興味をもつ。


 二つの有益な情報を出したレーナの話をさえぎるのではなく聞きたいと思ってくれた。


 そのことを純粋に嬉しく思って、レーナは続けて彼らに言った。


「私はあなた達の愛が偽物だと知っています。こんな生い立ちですが、たくさん勉強して賢くなったと思うのです。みんなのように。なので、アーベルがクレメナ伯爵家の財産の横取りを計画しているだろうこともちゃんとわかっています」

「……ご、誤解だ。レーナ、謝る、お前を軽んじて悪かった、本当に後悔している」

「浮気の件から察するに、アーベルの本命はスズランの香水を贈った女性でしょう」

「やめろっ!! それ以上言うな!!」


 アベールは怒りだし、レーナに手を伸ばそうとする。


 しかし、部屋にいた男性使用人たちに取り押さえられて、ソファーに戻される。


「ではなぜ、マイリスと婚約を望み、私を排除しようとしたのか。合理的に考えれば私と婚姻しているままマイリスと楽しく暮らすのが一番良いはずです」

「ど、どうしてなの?」


 レーナの言葉を食い入るように聞いて、マイリスは縋るように問いかけた。


 ちなみに彼女がほかの男性と関係を結んでいたのは、浮気ではなくそういう性分だ。そういう人間もこの世にはいる。


 本命の彼にだからこそマイリスは彼に騙されて、彼の口車に乗って結婚という甘い蜜に誘われてレーナを排除する計画を呑んだのだろう。


「私が貴族としての地位を失って、罪に問われるようなことがあり排除された場合、爵位はマイリスにわたるでしょう。

 しかし魔力が極端に少ないマイリスは領主として魔力を日々捻出すると体が弱るなり、もしくはアーベルの計画によって早世することになります。

 すると、爵位継承権者はいなくなり爵位返上という流れになります。

 私でも同じではないかと思われるかもしれませんが、私が貴族として爵位をついでその財産を手に入れた後に死んだとき、それは私の母に半分近く相続されます。

 婿に入ったクレメナ伯爵家の家財は、アーベルが自由に使えるでしょう。しかし、母方の実家に送られたらせっかく多額の金銭を手に入れられるのに私では半分になってしまう。

 しかしマイリスに爵位を継承させて、死んだとなるとマイリスの実家は相続権を持っていません。マイリスの実家は平民ですから。

 これが本命がいた上で、アーベルがマイリスを愛していると嘘をついてまでやりたかったことです」


 レーナは終わりにそう告げてアーベルを見た。すると彼は暴れないように抑えられたまま言葉が出てこない様子で俯いている。


 反論も思い浮かばないらしい。


 浮気の件以上の真実を告げられたマイリスは、呆然としてアーベルを見つめている。


 しかしこれで終わりではない、レーナは続けて言った。


「それに、アーベル、先日の私の罪の自白書ですが、あれは公的な調査を故意に妨げる代物です。もちろん作成したこと、私に書かせようとしたことは罪になります。その件について父を経由して王族に告発しておきました。丁度ここにほら」


 彼に見えるように婚約解消の書類と、罪の自白の書類を並べて見せる。


「婚約解消の為にあなたが作ったことを証明できる書類が、この書類の筆跡とまったく同じになっていますから罪はすぐに認められるでしょう」

「っ、レーナ、レーナ! 違うんだこれは、ほら、お前は優しい子だろ! 俺は、ただ、っ、そう、悪魔にささやかれてこんな愚行を!!」

「……」

「許してくれ! お前を侮っていてすまなかった! これで満足だろう!!な? だから許してくれっ! 後生だ!」


 彼は使用人たちに抑えられたまま、それでも必死に頭を下げてテーブルに頭をこすりつけてレーナに頼み込んでくる。


 しかしその頭を隣に座っていたマイリスがバチンとたたきつけた。


「まず私に謝りなさいよぉ!! このクズ!! そんなこと考えてたのね! 許せないっ」

「触るな! 性病女!」


 彼らは醜くののしりあって、それを眺めながらレーナは周りにいた使用人たちに視線を向けて聞いてみた。


「……私がたくさんのことを理解できるようになったと知ってもらえましたか?」

「ええっ、それはもう」

「お嬢様、参りましょう。これからのクレメナ伯爵家の事を話し合わなければ」

「はい、ここでは騒がしすぎますからね」


 そう言って、彼らと共に応接室を後にする。


 彼らの表情はアーベルのとんでもない計画が暴かれた後だというのに、どこか希望に満ちていて、アメーリアはすこし感動している様子だった。


 場違いだとは思ったけれどそれほどまでに、きちんと示すことができたのだと嬉しく思ってレーナは、もうアーベルもマイリスも見向きもしないで彼らと歩き出したのだった。




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