38 家族
王都からクレメナ伯爵領地へと戻り、レーナとヨエルの結婚は正式な話となった。しばらくすると、サラ王女から穿ったものの見方をした手紙を送ってしまったと謝罪の連絡が届き、それから忙しい日々を過ごす。
図書館の事や新しい住まいの話など、するべき話は山ほどあって時間はあっという間に経つ。
目まぐるしい日々の中、マイリスが帰ってきた。
白魔法を持っている領地は王都を挟んで国の反対側だ。随分長旅だっただろう。その影響もあってか少し大人っぽくなったような印象を受ける。
もしかしたらただ単に育ち盛りだからという可能性もあるが、出迎えたレーナにマイリスは複雑そうな面持ちでそばに寄った。
彼女の侍女はとても心配そうな顔をしていて、きっとアメーリアも後ろで同じような顔をしているのではないかと思う。
「……おかえりなさい。マイリス、旅はどうでしたか?」
「……別に。大したことなかったわ。普通に行って普通に帰ってきただけよ」
つんとした態度で返されるが、まぁ、病魔に侵されて弱り切った彼女であるより随分とマシだろう。
レーナを排除しようとしたことについては、もう随分と昔のことのように感じるしレーナは怒っていない。
「そうですか。ではお父様の元に行きましょう、元気で戻ってきたことだけでも知らせなくては」
それよりも、マイリスとオーガストの関係性の方が割とデリケートでレーナはそこを取り成したいと考えている。そのためにはできるだけマイリスの機嫌が悪くない方がいい。
そう考えて、レーナくるりと方向を変えて、父の執務室へと向かうべく歩き出す。
しかしマイリスは付いてこないし、動かない。クレメナ伯爵邸の中へと入ってくることはなく、彼女は暗い声でレーナの事を呼んだ。
「レーナ。……私、この屋敷に入る資格なんてもうないんじゃない……」
「……どうしてそんなふうに思うのでしょうか」
「治療に専念しながら、ずっと考えていたのよ。なんだか途中で体調も悪くなってきて、自分はとんでもなく馬鹿なことしたし、あんな人にだまされて私って、本当はあなたよりずっと劣ってた」
「……」
「昔から、今だって、あなたに殴り掛かった日のこと覚えてる? あなた本当はあの時、年下の私をどうにでも出来たでしょ」
彼女は苦しい気持ちを吐き出すように言葉を紡ぐ、ドレスの裾を握って自嘲気味に笑いながら。
「ローゼ様にすぐ魔法で吹き飛ばされたけど、でも私、あなたが抵抗しなかったことずっと本当はわかってた。でも頭が悪いからすぐに対処できなかっただけだなんて言い訳を考えて、あなたが私の事、割とちゃんと家族だなって思ってくれているの知らないふりをしてた」
彼女の瞳には涙がきらめいている。
「それで結局、男に移されて、男に騙されて、あなたがいなかったら私、病気で死んでたでしょ。結局あなたって私に甘い、治療の為にお父様にも連絡なんてして、きらいじゃない、お父様のこと、私たち二人とも」
「否定はしません」
「でしょ! でもあなたはいつも私にやさしかった。治療されているとき、私が病気で苦しんでいても誰もそれを利用して悪いことを企んだりしなかった。むしろ、私、貴族なんて言えない人間なのに、白魔法使いの人たちも誰も差別なんてしなかった」
「……良い人に治療してもらったのですね」
「違うわ! 皆、全員がよくなるために前向きでいい人たちだったって、それだけよ。あなただって、そうじゃない。ずっと私にそうだった。私、そんなあなたを嵌めようとして、婚約者を奪った。酷いことをしたわ!」
はじめは何の話かわからなかったけれど次第に、彼女の話が見えてくる。それでもレーナはマイリスがこの屋敷に入る資格がないなんて思わないけれど。
「やっていいことじゃなかった。騙されたからっていって許されることじゃなかった。……ごめんなさい、レーナ、だから私、ここに戻れる資格がないと思うの。我が物顔で屋敷に元ってあなたと同じ伯爵令嬢の立場ではいられない。出ていくわ。今は荷物を纏めに帰っただけ」
しかし彼女はそうは思わないらしく、静かにそう告げて驚いているレーナの横を通り過ぎようとする。
「今までありがとう。本当にごめんなさい」
もう決めたとばかりに最後にそういう彼女に、レーナは驚きつつもその手を取った。
彼女の思いも謝罪もすべて本物で、本気でそうするつもりなのだと察することができる。
それが彼女にとって一番納得のいくけじめのつけ方なのだろう。
もちろんそれが一番なのかもしれない、レーナは許しているが屋敷の使用人たちはそうもいかずに警戒する日々を送ることになるだろう。
彼女のやったことで軽蔑する人もいるかもしれない。
しかし、レーナはそれでも、マイリスにいて欲しい。
謝罪の意を表明するためにそうするというのならば、レーナの気持ちに沿った形にしてはくれないだろうか。
「待ってっ…………私に申し訳ないと思っているのなら、ここにいてください」
「……どうして?」
「だって、っ、だってまだ、やり直せると私はお父様に言いました。まだ間に合うし過去と向き合うときだと言いました。私も家族はまだ、取り戻せると思うんです。あなたは、私のたった一人の妹です!」
だから何だと言われたらそれまでかもしれない。
けれども、彼女だってレーナにとって唯一だ。すれ違ってしまっていたけれど、戻れたと、どんなふうなことがあっても大丈夫だったと、言いたい。
それはひどいエゴだろう。
けれども、彼女が本当に負い目を感じてくれているのなら、どうかもう目をそらさないで欲しい。
「酷なことを言っているのかもしれませんっ、それでも、私はっ……マイリス、お願いします」
「あなたにとって、いない方がいい家族でしょう。私。だってあんなことしたのよ」
「いなければよかっただなんて思った事、一度だってありません。……あなたが私のことをそう思っていた時期があったとしても、構いません。償いは、ここでして欲しいのです」
「…………」
「クレメナ伯爵家の娘は二人です。いつも父がいない間もそうしてずっと暮らしてきたではありませんか」
ずっと、父も母もなく二人で、すれ違っていたとしても暮らしてきた。
それは間違いのない事実だ。拗れて可笑しなことが起きたとしても、レーナは彼女とやり直すつもりでずっといた。
これからの事を彼女込みでずっと考えていた。
だからこそ、レーナの望みをかなえて欲しい。
マイリスは、レーナの顔を見てしばらく考える、それからぽたぽたと涙をこぼし、やっと笑顔を見せた。
「ほかでもない、あなたが言うなら、そうするわ。お姉さまの頼みだもの」
そうしてレーナとマイリスは和解をした。
二人して父の元へと行くと、父はしどろもどろになってマイリスに接していたが、マイリスはずばずばとものを言う質なのでしばらく、放置していた事への文句をひたすらにぶつけていた。
父がそれを素直に受け入れていると、しばらくして彼女は、言い尽くしてスッキリしたのかため息をつく。
それから父もマイリスもこれからはそういう事をしないという約束で和解をしたのだった。




