31 正反対
「父上はいつも本当に勝手だな」
ヨエルは厄介なことになった苛立ちを抑えつつ、目の前にいる父に向って言った。
父は誰もが自分の機嫌を取って当たり前というような態度をしていて、息子であろうとも無礼な言葉を言ったヨエルに目くじらを立てる。
しかしそれからすぐに苦虫をかみつぶしたような顔つきになり、拳を握って高圧的な態度で言った。
「父親に向かって何だその口の利き方は」
「……」
「まったく、なっとらん。所詮は王都から離れた田舎者だな」
……父親だなんて思ったことは一度だってない。
吐き捨てるように言うライティオ公爵にヨエルも同じような態度で返したくなる。
しかし、ここで対抗しては、引くことを知らない父と真っ向から衝突することになり、今この場にいる使用人たちにもこれからの事にも影響が出てしまう。
親だというのなら、子供と真剣に向き合って自分の態度を改めるぐらいの事をしてほしいが、それが出来たとて今更、父を許すつもりもなくヨエルは吐き出された言葉を無視して短く切り替えるようにため息をついて問いかけた。
「たしかに、きちんと連絡をせずに突然、王都にやってきたのは俺の落ち度だ。こういうふうになる可能性を理解しつつも動かずにはいられなかった」
「ふんっ、そうだ。それに何が不満だ、今更。わしがこうして手を回して、お前に多少なりとも報いてやろうと考えているのに」
「……」
……なにが不満だと? そもそもお前は俺が何を望んでいるのか理解しようとしないくせに、なぜ不満が出ないと思ったんだ?
嫌味っぽく言う父親の言葉に、ヨエルも心の中で鋭い言葉のナイフを投げつける。
こういう性格の悪い所は、いやでも父に似ているような気がして嫌気がさしつつも思わないことはできない。
「多くの人間が俺に報いてくれようと考えた結果こうなっていることは、俺も理解している。ただ、今回ばかりは間が悪い。それに報いてくれるというのなら、俺の望みをかなえてくれるだけでいい。王女など欲しいとも思わない」
「なんだと!? わしがどんな苦労をしてサラ王女殿下を用意したと思ってる!!」
「旦那様っ」
否定の言葉を吐くと、父は途端に怒りはじめ、ヨエルはどうしてこうまでも知能が低く単純で間抜けなのかととても腹立たしく思った。
ヨエルは、知恵のある姑息な人間は嫌いだ。
王族のようによからぬことを企んで正当化するための知識で武装し、自分のやることを悪いとすら思わない。
しかし、もっと嫌いなのは、知恵も正当性も持ち合わせないくせにプライドの声ばかりに耳を傾けて、そればかりに感情を支配されている愚かな人間だ。
父はそれに該当する。女性使用人に宥められて、いかにも自分は我慢してやっているのだというふうに堪えて、それから腕を組んでもう話をすることはないとばかりにそっぽを向いた。
……子供か、こいつは。
「ふんっ、とにかくお前が話をつけろ。これは、わしだけの意向ではなく王族の意向も含まれている、これ以上ない栄誉を賜ったというのにそれを蹴るお前が今後どういう扱いを受けるかは覚悟しておけ!」
もちろんそういうつもりで、王城に来ているのだから言われずともわかっている。
しかし、こうして準備が整うまでの時間にこうして時間があり、父がどのように今回の事を考えていて、少しはあのころから変わったのかと確認するために話し出した。
結果は見ての通りこの男はいつまでたっても自分の息子という、自分よりも目下の存在が王族に認められ重用されている事実に、そもそも腸が煮えくり返っている。
しかし体裁を整えるために、息子を想う父よろしく、報酬を用意しても的外れ。
結局、まだ王族の方が話も通じるしヨエルに対して多少の負い目を感じているからこそ、扱いやすい。
父の代わらない様子に人生で幾度目かの幻滅をしていると王城の侍女がやってきてヨエルの事を呼び出す。
謁見の間に入ると、そこにはきらびやかな装飾の中でもさらにひときわ目を引く美しい外見の国王が鎮座している。
目の前まで言って頭を垂れると彼は声をかけてきた。
「さて、娘との婚姻を辞退したいという話だったな、ヨエル」
「はい。国王陛下」
そばに仕えている使用人から渡された書類を確認しつつ彼は、しばらくの沈黙ののち、ふっと息を吐きだした。
「其方たっての希望だと、ライティオ公爵には聞いたのだが」
「……父とわたくしの間に、情報の齟齬がありそのように伝わってしまったのだと考えます。申し訳ありません」
「なるほど。となると、其方は端からサラとの婚姻の為に王都へと足を踏み入れたわけではないと?」
「はい」
「そうか。では、引き続き、其方は我らからの褒美を受け入れるつもりはないのだな」
確認するように問いかけられて、ヨエルは今まで通り、そんな自分の弱みになるかもわからないものなど願い下げだと考えた。
利用されてなにかほかの厄介事を持ち込まれるかもしれない。
それに端からそういうやり方をしたのはそちらだ、ヨエルが警戒するのだってごく自然で当たり前のことだろう。
「……」
しかし、何故かふと、これからも自分はそうして一生を警戒して生きていくのかと思った。
父のような人間を正しく警戒して軽蔑するのはまっとうだ。しかしヨエルは少しばかり、人間の事を信用しなさすぎる。
騙したことをヨエルは許していない、ただ許していないからと言ってこれから一生苦しんで欲しいだとか、そういうふうに思っているわけではない。
ただもう二度とそうされないようにと思っているだけで。
ふと視線だけをあげて目の前にいるグラントリー国王を視界に収める。
彼はとても真剣そうな顔をしていて、父の適当な言葉に惑わされた状況であっても、ヨエルが望んでいると考え、非常に速いスピードで対処をした。
それは心の片隅に常に、そのことを止めておかなければできない事だろう。
「……いいえ。わたくしには、思いが通じ合っている女性がいます。彼女との婚姻を済ませ、なにか不都合のあった時の手助けを……望むことがあるかもしれません」
「そうか。ならばいいのだ。いつでも、待っているぞ」
「はい」
そう言ったのは、ただ、うまく利用してやろうと思ったからであって決して許したからではない。
それに、グラントリー国王に少しでもこの国を治めるために多くの業を背負う身として、ヨエルに対する罪ぐらいは少しは軽く見積もってもいいと示せたのならよかったと思う。
彼がつぶれれば国は立ち行かない。それほど有能な人間だ。
だからただの打算だと言い訳をして、挨拶をして下がろうと考える。
しかし、謁見の間の出入り口をふさぐように静かに一人の女性が佇んでいた。
思っていたよりも簡単に片付きそうだと思った矢先、これまた面倒な問題が発生し、ヨエルは早くレーナに会いたくなる。
「納得がいきません」
「サラ……其方が口を出すべきことではない。下がりなさい」
「いいえ、納得がいきません。……お父様……ヨエル様と二人きりで話をする許可をください。でなければわたくしは引くことはできません」
「ヨエル、娘がすまない。兵士たち、すぐにサラを下がらせてくれ」
背後から、グラントリー国王が指示するとすぐにサラに向かって兵士が鋭い視線を向けて彼女の方へと向かう。
さすがにこの状況を気にしない事が出来るほどヨエルは彼女に無関心ではない。
「陛下。待ってください、話をします。一応、昔からの仲ですから」
そう告げて、彼女と共に謁見の間を出る。
しずしずと隣を歩くサラは何を考えているのかわからない。昔からそういう女性で、今もどうしてこんなことをしたのか見当もつかないのが本音だった。
「…………わたくしの何が悪かったのでしょうか」
ぽつりとサラはこちらを見ることなく問いかけてくる。その言葉にヨエルはレーナを好きになった時のことを思い浮かべて、自分でもどうしてレーナなのかという事を考えた。




