29 改心
レーナがいなくなった執務室の中、硬直したオーガストを挟んで、ロバータとエイベルはとても気まずい表情をしていた。
まさかレーナが、あんなに厳しい言葉を口にするとは思っても見なかった。
レーナは見ての通りとても愛情深い性分で、若い使用人が失敗しているところを見ると大丈夫かと手を差し伸べるし、マイリスの行動にも怒りを感じているというよりも困っているという印象が強かった。
だからこそ、人の間違いにも寛容で優しい子だという評価が使用人たちからはついている。
なのでこうして王族からの手紙が届きオーガストに文句を言われ彼女が我慢して引き下がってしまうのではないかと心配までしていた。
しかし結果は見てのとおりである。
優しい彼女がここまで、怒りを向けるほどに据えかねていたともいえるだろう。
「……だ、旦那様……お嬢様も旦那様を思っての発言だったと思います」
探るようにロバータは、きりりとした表情を優しくしてオーガストに声をかけた。
しかしオーガストは反応を示さずに、あくびが出てしまいそうな長い時間が経った後で、ぽつりと言った。
「まだ、間に合うのか……」
その言葉は過去のクレメナ伯爵家の禍根となっている出来事の事だろう。
その言葉にエイベルが、食い気味に反応して、オーガストにいう。
「も、もちろん。じゃないですか! 間に合いますよ、お二人のご令嬢も、奥方様も、旦那様のことをた、頼りにして待っていますから、今からでも空いた時間を取り戻すことは出来るんです」
「……そうか……私はダメな父親だな……これでも考え抜いて出した結論だと思ったのに、娘に指摘されてうんともすんとも言えなくなってしまった……」
そのままオーガストは頭を抱えてどうしようもなく落ち込んだ声で言う。
その様子に多くの人は、同情的な気持ちを覚えるだろうが、ロバータはそうもいかない。
彼はレーナにはあのぐらい言われて当然だと思う。
もちろんそのほかの家族にも、長年の間、親が必要な子供を放置していて、どれだけ二人が傷ついたか周りの人間では知ることができない。
それでも一方的でレーナの主張したいことに気がつかないオーガストにも言葉を尽くすレーナは優しい方だろう。
賢くなって、対等になったうえでも誰かを切り捨てるということもなく、自分の道を行く彼女は尊敬に値するできた子だ。
自分の子ではないのに誇らしい気持ちさえ湧いてきてロバータは感慨深い気持ちになった。
「過去の失敗を取り戻すこと……か、もうやり直す機会もなく彼女たちとの絆など壊れてどこにも存在していないと思っていたが……まだ、あると、レーナは言ってくれるんだな」
「……旦那様」
「っ…………君たちもすまなかった、な」
絞り出すような声で呟いてオーガストは眉間を抑えて俯いた。
ロバータは流石にその様子を見ると、憐憫の情が湧いて彼はこうして歯車が狂ってからはどうしようもない父親になってしまったが、それまではただ純粋で社会の事をわかっていない代わりに純粋さを持っている青年だったことを思い出す。
ローゼに惚れて、幸福にすることを誓い親の反対を押し切って結局、第一夫人として迎え入れた。
できない彼女の為にと、すべてを背負い込む癖がついて、視野狭窄に陥りわかり切っていた経済難に対応できていなかった。
そこからも抱え込み続けた結果、最終的にはすべてを放り投げる結果になった。
「彼女たちの為にも私なりに……いや、君たちの意見を聞かせてもらってもいいかい? 私はどうやら、一人で考えると駄目な方向へと向かっていってしまうらしい、娘にあんなことを言われるくらいには駄目な人間だ」
そんな彼も変わっていく、たった一人が動き出しただけで。
レーナの言葉で、放り投げて誰も彼もオーガストのせいで不幸になったという結論ではなくなり、新しくまた未来を紡ぐことができるだろう。
「これからの事を……ローゼの事やマイリス、レーナの事を何をすればいいのか知るために、情報を教えて欲しい」
彼はやっとこれからの為に今までを埋める努力をし始める。
そんな彼であればこれからもロバータもエイベルも支えていきたいと思う。
遅すぎるぐらいだが、手遅れであきらめるにはまだ早すぎるだろうとそう思ってしっかりと返事をしたのだった。




