24 意識
「……ところで、こちらはどんなものなんでしょうか」
それから受け取ったまま聞けずにいた手提げ袋の中身を少し覗いてみた。
「あまりひねりのない、つまらないものだけれど開けてみて欲しい」
言われてレーナは素直に袋の中から小さな箱を取り出して、そっと開いてみた。
なんだか急にホールの中が騒がしくなって、何かトラブルだろうかとちらと関係のないことを考えるが、すぐに中からでてきた可愛らしいデザインの香水を見つけて驚いてしまう。
香水の中央にはスズランが書かれており、随分と可愛らしいデザインだ。
……まさか私がこれをもらう時がこようとは思っていませんでした。
まじまじと見つめてそんなふうに思う。
アーベルの思惑から始まりレーナが自分が多くのことを知っていると示すきっかけとなった香水だ。
とても思い入れが深く、感慨深い。
それに、アンドリューの思惑もレーナの知識が間違っていなければ……。
「助けられたから、気持ちを寄せるなんて年下の女の子に対して情けのない話だけれど、身分や立場も関係なく君がどういう生い立ちだとしても好ましく思ってしまって……突然、それほどつながりも深くないのにごめんね」
香水を贈るというのは男女の関係であるか、もしくはそうなりたいという要求も込められる。
「けれどもどこか忙しそうな様子だったから、もし会える機会がこれから少なくなるのなら、この場で伝えておきたくて。もしよければ、二人きりで会う時間をもらえないかな」
彼はとても落ち着いた様子でレーナにそう問いかけてくる。
異性として意識をして興味を持って、マイリスとアーベルのような関係性を望んだプレゼントをされた。
女性と男性としてかかわろうと言われている。
その事実はレーナにとってとても衝撃的なことで、まさか自分にそんなふうに興味を持たれる機会がこようとはまるで思っていなかったのである。
「っ、…………、あ」
何と返せばいいのかまったくわからない。頭が真っ白でなぜか恥ずかしくて、何をどういえばいいのか考えられない。
間違いのない好意で、嬉しい事でその可否を普通に返答するべきであるという常識は本で得ている。
しかし知識はあっても実践が出来るかと言われたら、これについてはまったくの別物だった。
「レーナ……ごめん、混乱させたかな」
そう言って彼は少しレーナに近づいて触れようとした。
それも単純な好意からだったと思う、しかし彼に触れられることはなく、レーナは後ろへと引かれて思わず倒れるように後ずさる。
すると背中にとんと温かな体温が触れてすぐ後ろに人がいたことに気が付いて見上げてみた。
「……ヨエル様っ」
真下から見てもレーナの救世主であるヨエルはキラキラと輝いて見える。
どうしてこんなところにいるのだろう。それに何を思ってレーナの事を引き寄せたのか色々と疑問はある。
しかしそれらすべてを吹き飛ばしてしまうぐらい、会えたことがうれしかった。
手紙は読んでくれただろうか、彼のおかげで今回もレーナはうまくやれたのだ。
心からの笑みがこぼれ出て、すぐに振り向いて彼に話しかけようと咄嗟に今の状況を忘れて考えた。
「突然、悪いな。ティアニー侯爵子息、この子は俺の図書館の常連でな。常々目をかけてやってるんだ」
しかしヨエルの目線はレーナに向いておらず、アンドリューに自分とレーナの関係性を示す言葉を口にする。
するとアンドリューはレーナとヨエルを見比べてそれから、少し逡巡して仕方なさそうに肩を落とした。
「……なるほど、そういうことですか」
「ああ、それでもこの子にアプローチをかけたいのなら、もちろん構わないぞ。ただ、邪魔はされると思ってくれ」
「いいえ。彼女の顔を見ればわかりますから」
彼らはなんだか意味深な言葉を交わして、アンドリューは最後にレーナに視線を向けた。
「突然驚かせてしまって申し訳ありませんでした。レーナ。僕はただ自分の思いを伝えておきたいと思っただけでそれ以上の事は望んでいない。どうか、気にしないでそれを使って欲しい、僕からのお礼の気持ちだから」
「い、いいんですか。……本当に」
「うん。ありがとう、君には本当に助けられた」
それだけ言って彼は終始朗らかな様子で去っていった。
レーナは勇気のいる告白をされたというのに、きちんとした返事をすることができなかった。
それはとても申し訳なかったと思うし、悪い事をしたと思う。
けれども、いまだにどう答えたらいいのかわからない。だからこそ少しだけ引いてくれてよかったと思う気持ちもある。
その彼の気持ちに真摯になれない自分はまだまだだなと思ったのだった。




