2 従者たち
「図書館へ行かれるのですか。……少々お待ちくださいませ、レーナお嬢様、侍女頭のロバータと事務長のエイベルに一度確認してまいりますわ」
書類を持ってお付きの侍女であるアメーリアに提案すると彼女は、とても難しい顔をして考えてからそう結論を出す。
彼女が今回の出来事をどういうふうに捉えているかレーナも理解しているので小さく頷いた。
「はい。ついていってもいいですか」
「ええ、ええ、大丈夫ですわ。すぐに終わりますからね」
アメーリアはそう言って屋敷の執務室を訪れる。彼女に連れられてついていく様はまるで主と従者というよりも親と子のようだ。
執務室に到着すると「少し貸してくださいね」と先ほどの二つの書類を持っていって、アメーリアは難しい顔ですでに集まっていたロバータとエイベルに渡す。
レーナの前にはお菓子と果実のジュースが出されて、レーナはきっちり座ってしずかにお菓子を食べた。
すると彼らの会話がおのずと耳に入ってくる。
「マイリス様とアーベル様が深い関係であることは知っていましたが……ついにこのような事態になってしまいましたわ……」
アメーリアはとても悲しそうな声で言った。
それにロバータは、短くため息をついてから真面目な声で返す。
「嘆いていても仕方ない事でしょう、アメーリア。マイリス様がいくら不憫な立場だとしても、こんなことをされてはいくら私たちでも黙っていられません」
「ですが、ではどうするべきでしょうか。今回はレーナお嬢様も持ち帰ると口にしましたが、サインをするつもりのようですし、どういう説明をするべきかわたくしはわかりません」
「それより、アベール様の言動の方が問題だと教えてあげるべきでは?」
アメーリアの言葉にエイベルが指摘する。
「いくら僕たちが言っても旦那様はお戻りにならないのですから、指示を仰ぐ為にも、彼らの浮気な関係性についてお嬢様に理解をしていただいて困っていると連絡をしてもらい、旦那様に対処をお願いするのが一番です」
アメーリアはまさか、自分の婚約者と妹が浮気して、さらには自分を排除しようと書類にサインを求めてきたなどとレーナに説明できるわけもないとそれを話の主題にしようとしている。
しかし、事務長のエイベルは、そういう心情的な部分ではなく具体的にどうするべきかを提案し、アメーリアは彼にすぐに視線を向けた。
「ですから、旦那様に報告するとしてもこの状況をレーナお嬢様にどのように説明して、どうこの状況を理解してもらうおつもりかという話ですわ」
「アメーリア。あなたは熱くなりすぎです。こんなことを純粋なお嬢様に、言えないというのはもっともです。しかし、旦那様の協力が必要なのはもう明白でしょう」
「そうです。お嬢様への説明は僕も協力します。出来るだけ傷つけないような形で出来るように……」
「そんなことが可能ですの? もしレーナお嬢様が我を忘れて魔力を暴走させるようなことがあったら……」
「そうならないように、お嬢様を守ってきたではありませんか。魔力封じの枷も毎日、欠かさず機能しているかチェックしているでしょう? アメーリア」
彼らの話し合いはひどく深刻だ。
切羽詰まっていて、聞いているレーナも息苦しくなるほどだけれど、彼らはこれっぽっちもレーナがきちんと聞いていて理解できているとは思っていない。
それは長年の習慣によるもので別に悪い事ではない。レーナもちゃんと知っているし、わかっているという事を示す機会がなかった。
それでもいいとは言わないが、それが一番、誰にとっても納得のいく形だと思っていた。
しかし状況は変わって、それが男にそそのかされたからだとしてもマイリスは確実にレーナを排除しようとしている。
こうなれば、彼らが困ることは必然で、だからこそ今、レーナは動くべきだろうと思うのだ。
思うだけで、今口をはさむことはできないけれど。
彼らは、とにかくこれからはマイリスやアベールとレーナが会うときは身分がそれなりに高いロバータとエイベルの同席で彼らの思惑を止めるようにしようと彼らは話し合いを続ける。
しかしこれからの為の具体的な結論はまだ出ていない。
なのでレーナは果実のジュースを空にしてお菓子を食べ終わり立ち上がる。
それから彼らが話し合っている机の方へと行って、静かに書類を手に取った。
「……アメーリア、ロバータ、エイベル。大丈夫です。私はちゃんと、わかっていますよ。今から、図書館の知り合いに相談をしに行く予定なんです」
彼らに向かってお淑やかな笑みを浮かべて、レーナは書類を纏めて腕に抱く。
彼らは三人とも目を丸くして驚いて、誰がどういうふうに何を言うか視線を交わして無言で会話をする。
……わかっていないと、思われていますね。
そして最終的に、アメーリアがレーナの肩にそっと手を置いて「相談はたしかに大切ですわね」と肯定するように言う。
それからレーナの向きをくるりと変えて、さあすぐに行こうとばかりに手を添えたまま歩き出す。
「ロバータ様、エイベル様、わたくしは、レーナお嬢様を連れて、図書館へ参ります。ですので……今後の事を」
「アメーリア、私は自分の事を自分で決められます」
「ええ、そうですわね。申し訳ありませんわ、レーナお嬢様。ですが彼らも、お嬢様のことを心配していて考えておきたいんだそうですの。みんなで考えた方がより良い案が出るかもしれませんもの」
「……そうですね」
「はい。少し難しい書類なので……お嬢様は気にしなくていいのですわ」
レーナがわかっていない事を前提に言われる言葉は、愛情と心配からきていることもわかっているし、ここは一旦レーナを離れさせてから、より具体的に対策を決めようとしているのだという事もわかる。
自分だけで出来ると思っていても、多くの人間で考えたほうがいい事もある。それはたしかで、大人の彼らの言うことは、おおむね聞くべきだ。
だからこそ、強く否定をすることも主張をすることもできないし、難しい。
悩みつつも否定はせずに、レーナは図書館へと向かったのだった。




