15 悪意
ヨエルへの手紙をレーナはたくさん書いた。ヨエルからの言葉が欲しくて次から次に話題があるので分厚い手紙を何枚か送った。
もちろんヨエルだって暇ではないので、たくさんの手紙のすべてに返信することはできないだろうと思う。
ただ最初の方は一通ずつのやり取りだったのだが、ヨエルの返信が何というかとても遅いというわけではないが、すぐだったりそうでは無かったりした。
けれども内容はとても為になるアドバイスでいつもレーナの心配をしてくれる。
彼に寂しい思いをさせないために提案した手紙だったが、いつの間にかレーナはヨエルの手紙を心待ちにしてたくさん送るようになってしまった。
また少し時間が空いて、面倒くさがられてはいないか心配になってまた追加で手紙を送ると、丁度返信が返ってきてということが何度かあり、もう手紙の数が釣り合っていないことは気にしないことにした。
『会っていない期間が、長くなると君が俺の事をすっかり忘れてしまうのではないかと思って不安になる。
しかし、手紙はかたちとして残っているからとても嬉しい。
時々見返して、今の君はどんなことをしているのかと考えることができるからな。
だから返信がない時でもたくさん送ってくれ、マメに返信が出来ずすまない』
っと彼もそう言ってくれているので、素直に受け取ってレーナはペンを動かす。
本当にそうしてもいいのかという疑問も多少ある。しかしレーナは些細な文脈から建前と本音を見分けることは正直できない。
目の前に人がいればある程度、何を考えているのかわかるが、手紙だけでは彼が何を想っているのか理解できない。
だからこそこうして離れているのに、おもにヨエルの事を考えて過ごしている時間が長くなって、なんだが日々ドギマギしていた。
それが、振られたと思っているヨエルの些細な仕返し兼策略であることに気が付くほどレーナはまだまだ色恋について理解できていないのだった。
そんな王都での日々を過ごしているとある日のこと、とあるお茶会に呼ばれた。
歳の近い令嬢同士はそうして交流し、情報交換の場としているようでレーナもこれまでに何度か参加していた。
特に気負うことなく参加を承諾し、指定された時間に向かうと何か様子がおかしく、お茶会の会場である大きめの応接室でお茶を飲んでいた令嬢たちはレーナに苛立ったような目線を向けた。
「あら、いらっしゃらないのかと思ってしたわ」
主催者であるルビー・ティアニーが真っ赤で美しい髪を後ろに払って出入り口に立っているレーナへと目線を向けた。
「それにしてもこんなに遅れてくるだなんて、覚悟はしてたけれどやっぱり普通とはちょっと違うのね、クレメナ伯爵令嬢」
ルビーがそう口にすると周りの少女たちがくすくすと笑って、十名ほどの参加者たちはいろいろな反応を示した。
どうやら時間を間違ってしまったらしい。
アメーリアもレーナもきちんと招待状を確認してからやってきているのでこちらの過失だったとは思わないが、彼らの方がレーナの招待状の時間を間違えてしまった可能性もあるだろう。
「そうですね。申し訳ありません。私はたしかに、普通とは少し違う生い立ちをしていますから、そういわれるのは仕方のない事だと思います」
「なんだ、自分がほかの皆と違って頭の足りないお馬鹿さんだって認めるのね? それに遅刻したことについてまだ謝罪をもらっていませんわよ?」
「遅刻してしまったこと、大変申し訳ございませんでした。お楽しみの最中に新顔が登場して、盛り下がってしまったと思いますので私は、今日はこれで失礼しようと思います。ご迷惑をおかけしました」
ルビーの言葉に丁寧に謝罪を返し、後日お詫びの品でも送ろうかと考える。
誰かが悪くなくともこういうことはままあるだろう。
そう考えて、来た道を使用人に案内してもらって戻ろうと考えたが、ふわりと変わった香りがして肩をおもむろに掴まれる。
「待ってくださいませ。なにも帰れなんて言ってませんわ」
「……ですが、このまま参加しては迷惑ではありませんか?」
「いいのよ。わたくしたちあなたの到着を心待ちにしていたんですもの」
ルビーはにっこりと笑みを浮かべる。そのほほえみの仮面の奥底に敵意の感情があることをレーナはすぐに察することができた。しかしお茶会に参加していいと言われたことは嬉しい。
どうなるかと少し不安だったが、挑むような気持ちで促されるままに席に着いたのだった。




