14 キラキラした世界
今のレーナを貴族たちに認めてもらうために王都に行きたいというと、使用人たちは後押ししてくれて、渋るオーガストを説得し、王都へと向かうことになった。
初めての事なのでヨエルとマメに手紙で連絡を取り合いながら初めてのタウンハウスや都会の様子を体験する。
いつも人が通っていてなんだか忙しなく感じるその町は、クレメナ伯爵領よりも洗練されている気がした。
それを手紙に書くとヨエルからは『そんなのは無駄が少ないというだけで、だからと言ってよいものがあるというわけではない』という言葉をもらう。
……やはり、ヨエル様は私なんかでは思いつかない事を考えているんですね。
レーナなんかは新しいもので、流行っていればそれが良いものなのかと勘違いしてしまうのだが、たくさんの事を知っている彼はそればかりがいいわけではない事を理解しているのだろう。
ただ、それにしても王都に関することについてヨエルは否定的な言葉が多い。
もしかするとあまりいい思い出がないのかもしれないと予測を立てた。
そんな癒しの時間もつかの間、オーガストをせっついて積極的に社交の場に参加した。
同性ではないので多少離れる場面もあったし、どのように振る舞えばいいか困ることもあった。
しかし一緒に来てくれたロバータやアメーリアのサポートがあってレーナは失敗をせずにダンスをしたり、ゲームに興じたりできるようになった。
レーナは最近思うのだが、案外やってみると意外なことに出来ることも多いという事だ。
それはきっと天才的な才能なんかではなく、自分自身がずっと、やりたいと思いながら見ていたからだろうと思う。
見て学ぶという言葉の通りに、何もやり始めていなかったレーナは見て、聞いてずっと頭の中だけで学んでいた。それが役に立ったのだと思う。
「レーナ様はどんなご趣味を持っているの? 絵画? それとも刺繍?」
参加したとある舞踏会で、宝石のように美しい少女に問いかけられる。
やれば案外なんでもできるということは事実だったが、まだやったことのない事が多く、こうして答えられない質問も多い。
「……そうですね、絵画も刺繍も素敵ですが、やることよりも愛でることの方が私は性に合っているような気がしています」
レーナは嘘をつかないように言葉を選んでニコニコしている貴族令嬢たちに言う。
「あら、そうね、絵画鑑賞もいいですわ」
「楽師を呼んで音楽を聴くのも」
「ええ、素敵」
すると、彼女たちはうふうふと笑って朗らかに会話を続ける。
……得意なものもないのかと突っ込まれなくてよかったです。
昔王都へと行ってみたいと言った時に、とても怖い場所だと使用人たちから言われていたのでレーナはしり込みする気持ちもあったのだが、少なくともレーナの出会った令嬢たちは穏やかで、心よく受け入れてくれる。
……マイリスのように私を見下しているというふうでもありませんし、皆さん優しいです。
「それから、読書が好きです。領地の近くにライティオ公爵領の図書館がありますから」
「あら、ライティオ公爵領、図書館と言えばヨエル様よね」
「そうそう、わたくしは図書館にな行ったことはないけれど、ヨエル様がいるのでしょう?」
「知的な方よね。あの鋭いまなざしがすごくかっこいいわ」
憧れるように言う彼女たちにレーナも大きく頷く。
彼はレーナから見てもと魅力的な男性で、とても洗練されていてかっこよくて博識な素晴らしい人だと思っていたが、まさか王都でも彼のすばらしさが共通認識として広まっているとは思わなかった。
「はい。いつもキラキラとしていて魅力あふれる人だと思います」
「そうね。でもそれなのに婚約者の一人もいないなんて、不思議ですのよね」
「ええ、不思議ですわ。わたくしだったら絶対にアプローチしますのに」
「もう。そんなことを言って婚約者に聞かれたらどうしますの?」
「それはそれ、これはこれですわ」
貴族令嬢たちの言葉にレーナも笑みを浮かべる。こういう女の子同士のおしゃべりでは意中の男性のことなんかは鉄板の話題である。
レーナも踏み込みすぎずになんとなくで会話の中に入っていく。
少し疲れるけれども、このキラキラした世界の住人になったようで楽しかった。
華やかな舞踏会の会場。
流れる美しい音色。
きらびやかな人たちが交流をして、それぞれが当たり前のように楽しんでいる。
それはとても魅力的で、ヨエルもきっとこの場に居たらとてもよくなじんで……むしろ注目の的になってしまうかもしれないが、この場にヨエルはよく似合うだろう。
レーナはまだまだ緊張してしまって完璧には楽しめないが、彼なら楽しむことが出来そうだ。
レーナの中のヨエルのイメージはそんな様子だ。
しばらくして令嬢たちと別れて、父とともに周辺貴族たちに挨拶をして回る。
向けられる目線は様々な思いをはらんでいる。
あからさまではないにしても、嫌悪だったり、奇異の目だったり、向けられてうれしい感情ばかりではない。
けれども、オーガストがレーナを見る目線は心配の優しい感情をはらんでいて、振り返れば従者たちも安心させようと微笑んでくれる。
レーナは大丈夫だ。こんなに人に恵まれているのだから。
そう思った。




