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6.当主の命令

 ソフィアは私の例え話を勘違いしているようだった。早く誤解を解いて安心させたいと思ったが、私自身は些細な行き違いで、彼女との婚約には何の問題も生じていないと安心していた。


 共同事業の添え物として両家を結びつけるための政略結婚なのだ。ここまで話が進んだ今となっては、仮に私とソフィアが泣き叫んで嫌だといっても、両家の当主は結婚を取り止めえることなど絶対にしないだろう。


 忙しさに彼女に会いに行けなかったが、プレゼントとともに手紙を送った。きっと誤解は簡単に解けると思っていたし、彼女が誤解したままでも、結婚式の日は近づいてくる。結婚すれは彼女の誤解は笑い話になるだろう。


 大丈夫、私達の婚約は揺るがない。


 父から呼び出しを受け、大金づちで頭を殴りつけられるような衝撃の言葉を聞くまで、私はソフィアとの結婚を楽しみに呑気にしていた。


「クノール男爵家とのおまえの婚約だがな取りやめだ」


 頭の中が真っ白になって不動の石像になった。父はこちらの衝撃などお構いなく、天気の話をするかの如く、気軽な雰囲気でさらさらと話し出した。


「先方が今回の婚約の継続は難しいのではと相談してきた。おまえ婚約破棄したいとあちらの令嬢に言ったそうだな。私はてっきりおまえが気乗りしているのだと思っていたのだが……まあ、今となってはそんなことはどうでもいい。クノール男爵と話を詰めたのだが、彼は気分のいい男だ。事業と娘のことはきっちり切り離すと言い切った」


 心臓の音が煩いくらいに鳴っている。父の話は恐ろしい方向に向かって進んでいると直感で理解する。

何か言わねば、止めねば、今すぐ父を!


「そもそも、家格があまりに釣り合わない結婚だった。侯爵家と男爵家では無理がある。先方もそれはわきまえているのだ。だからこんなぐらつく婚姻を根拠にする結びつきは必要ない、むしろ無い方が将来の離婚の危険性を避けられる。ここはもっと単純に、ただの共同事業者としての信頼関係で十分だ。という話になった」


「待ってください父上。私は……婚約破棄したいなどと言っていませんし、望んでもおりません。彼女は誤解しただけなのです。すぐに誤解を解いてみせます、私達は上手くやっていて……今回のことも、大きな問題では無くて、だから……」


 ああいい、もういいと可笑しそうに笑って、父は頭の上で手を振った。


「お前たちの仲がどうとか、そんなことはどうでもいいんだダニエル。双方にとって、もっと良い結婚話が入ってきた。クノール男爵は鉄道事業では我が家と確固たる関係を結べたからな、あの男は次の獲物を落したいそうだ。新しい商売相手に餌として娘を使いたい。だが残念なことに彼の娘は1人しかいないから、彼女が新しい婚約を結ぶためには、おまえとの婚約をまず破棄しないといけない」


「ソフィアの新しい婚約……何を言っているんです父上。私は彼女と結婚する。その意思は変わりません」 


「心配するなダニエル。両家の婚姻がなくとも鉄道事業に問題は起きない。それよりもっと良い話が降ってきたぞ!」


 何が起きているんだ。ああどうしたらいいんだ、ソフィアが他の誰かのものになるというのか?


 あの挑戦的な瞳で、私を虜にするあなたを……

 私は空気なのと言って泣いたあなたを……


『結婚生活に愛情は必要ないとお考えですか?』ソフィアのあの時の問いが胸を刺した。

 私はなんと返事を返した。


 彼女が誤解して走り去った時、どうして私は追わなかった。

 大声で叫んで、あなたと結婚したいと伝えていれば……

 

「おまえの不愛想がまさか良い方に向くとはな」

 父はにやにやと嫌な笑いを浮かべた。


「例の第3王子に婚約破棄された公爵家の令嬢がいるのは知っているだろう? 先方から打診があった。アビス公爵家はおまえを婚約者にしたいそうだ。あのいわくつきの豪華な館に結婚したら暮らすことになる。法務局で『歩く法律書』とか『鉄の機械』とか二つ名があって、感情を持たない人間としてお前は有名らしい。結婚すれば噂の中心になって注目されるだろうが、おまえなら不動の心で受け流してくれるだろうと期待しているそうだ」


「お断りします。私はソフィアと結婚する絶対に」


 ようやく父の顔からにやけた笑いが消え、探るような鋭い眼がギロリと覗き込んできた。おまえはいったい何を言っているのかと、寒気のする威圧感。父はこの家の支配者だ、次男の私は彼に反抗できるカードを1枚も持っていない。今まで逆らったことなど1度も無い。


「その話は終わったぞダニエル。クノール男爵家のことは忘れろ。公爵家との婚姻を結べることが、我が家にどれほどの益をもたらすか、おまえの賢い頭で考えろ」


「私はソフィアとしか結婚したくありません。私は彼女を……」

 愛していますと続けようとして、それが父にとって全く意味を成さない言葉であると気づいた。私が第3王子を嘲笑ったように、何の価値もない、力も無い、愛情という不確かなもの。


 だが私がソフィアを求める気持ちは、この言葉でしか表せないのだ。

 絶対に彼女でなければ駄目なのだ。ソフィア以外は欲しくない。


「なあダニエル、公爵家から望まれる婚約を、男爵家の娘との婚約を理由に断れる訳がないだろう? 貴族社会の力関係で間違いを犯せば一気に凋落することもありえると、国務を担うお前なら嫌と言う程見てきたはずだ。そしてこれはノヴァック侯爵家にとって悪い話ではない」


 クノール男爵家との婚約は破棄する。

 当主は命令し、それ以上反論することを許してはくれなかった。


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