女神との邂逅
真っ暗になったはずの世界は、気付けばまた真っ白になっていた。
さっきのカウンターは一光を打ち倒したのだろうか。ナックルの部分には間違いなく拳がぶつかる圧力を感じた……はず。あれだけのタイミングでカウンターが当たれば、立っていられる選手なんてまずいない。
でも、それならなぜあたしはこんな白い世界にいるんだろう?
――その時、聞いたことのある声があたしを呼んだ。
「やっほー。由奈ちゃん、元気?」
「あなたは……」
髪の毛をクルクル巻いた金髪ギャル。相変わらずギリシャ神話風の衣装に身を包んでいる。
「運命の、女神……」
自分で言ってからハッとする。彼女と会うことは滅多にないけど、最初に会った時は「俺」が死んだ時だった。ってことは……。
「あたしは、死んだの……?」
「いーや、まだ死んでないよ。まだの話だけどね」
「それじゃあどうして?」
「今の由奈ちゃんはねえ、カウンターのカウンターを喰らってバターンって倒れているところ」
女神が杖をかざすと、上空に試合会場の映像が出てくる。
「うわ。死んでる」
リングの上では、キャンバスでうつぶせに倒れているあたしの姿が映し出された。レフリーはアホなのか、すぐに試合を止めずカウントを進めている。
ぶっ倒された自分を別の次元で眺めているというのは不思議な感覚だった。まるで本当に幽霊になったみたい。
「本当はこういうことをしたくないんだけど、試合中の時を止めてあなたをここへ呼び出したの」
「それはまたどうして?」
「う~ん、あたしもちょっと情が出ちゃったのかな。これで由奈ちゃんが負けたら、菜々ちゃんもぶーちんもとてもひどい目に遭うし。あたしの目にはそういう未来が見えたの」
さすがバケモノ……じゃなくて運命の女神。未来まで見えるなんて。
「……それで、あたしにどうしろって言うの?」
率直な疑問を口にする。あの倒れ方は公式戦であれば問答無用で止められる倒れ方だった。レフリーがそうしないのは大金が懸かっているからだけだろう。
「由奈ちゃん、この際はっきりと言います。このままだとあなたは一光に負けます」
「……」
頭上の映像を見てもそれは明白だった。うつぶせに倒れたまま背中を上下させる姿は誰が見ても一撃KOされた選手にしか見えない。
「だけど、一度だけチャンスを与えます。残念ながら、あたしは由奈ちゃんにチートな能力を与えたり、スーパーサ〇ヤ人にしてあげるような力はありません」
「うん」
「だから、自分の力で立ち上がって、自分の力で勝利を勝ち取って下さい。あたしはあなたに檄を飛ばすぐらいのことしか出来ません。それでも、あなたには心から守りたい人がいるでしょう?」
菜々さんの笑顔が浮かぶ。ついでにぶーちんも。比奈ちゃんに佐竹先生、加藤君にボクシング部のみんな……。あたしが負ければ、もっとたくさんの人々も悲しませることになる。
――そんなこと、出来るわけないじゃないか。
あたしの「転生」はいわゆるチートな能力を得て無双するなんてものじゃなかった。前世と同じような泥臭い努力を繰り返して、少しでも高みに達せられるように努力してきた。
それはそれでチートなのかもしれないけど、血の滲むような努力を実際にしてきたのはあたし自身だ。だからこそ勝てば心から嬉しいし、負けたら涙を流すぐらい悔しい。
でも、そういうのも含めて、生きている今っていう時間はあたしにとって宝物なんだ。たとえ人生を何周していたとしても。
それを、そんな宝物みたいな毎日を――金持ちの道楽なんかで奪われてたまるか。
「覚悟は決まったみたいだね」
「うん」
女神が微笑む。どうみてもティーンズの女の子にしか見えないけど、初めて彼女に母性を感じた気がする。
「それじゃあ、健闘を祈っているよ」
運命の女神は杖をかざす。あたしを取り囲む白い世界にヒビが入り、ガラスのように割れていく。
外へ放り出されたあたしは、さらに下へと落ちていく。
白い宇宙。あたしを包み込む、真っ白な世界。
それでも不安はなく、どこか懐かしい感じすらした。
目を閉じると菜々さんの顔が出てきて、不思議と涙が溢れてくる。
そうだ、あたしは決めたんだった。
彼女のことを、二度と泣かせないって。
どうして忘れてしまったのか。
きっと菜々さんはあのダウンでも泣いてしまうんだろうけど、それでも最後には絶対に笑顔にしてみせる。
だから、待っていてね。
あたしは絶対に帰って来るから。




