志崎由奈vs一光4
――嫌な予感がする。
ジリジリと近付く一光を見て、あたしの危険感知アンテナが警報を鳴らしていた。
一光が怒っている。それは吊り上がった目を見ても明らかだ。通常、怒りに身を任せた闘い方はカウンターの餌食になりやすいきらいがあるけど、目の前の怒れる一光は静かに怒っているというか、怒りに震えている反面で機械のようにあたしを処分すると決めているかのような気配があった。
――マズいかも。
そう思った瞬間には、一光は身体をグネグネと揺らしながらこちらへ迫って来ていた。幕之内一歩にデンプシーロールを仕掛けられたらきっとこんな感じの映像が見えるんだろう。幕之内一光。
……いや、そんなことを言っている場合じゃないし。
殺意の波動に目覚めた一光は、大きくウィービングで身体を揺らしながら、途轍もない威力の殺人フックをあたしに叩きつけてくる。
ちょ……威力の設定がおかしいでしょ。
心の抗議も空しく、あたしの腕にはとんでもない威力のパンチがスコールのように打ち付ける。
いたいいたいいたいいたい。
と、気付けばあたしの方が尻餅をついていた。
大興奮する観客。殴られたのははっきりと覚えているけど、どれで倒されたのかを思い出せない。まるでハリケーンにでも巻き込まれた気分だった。
「嘘でしょ」
思わず呟くけど、日本語の分からないレフリーは綺麗な発音でカウントを数えていく。
ゆっくりと立ち上がる。膝が一瞬ガクっとなって、知らぬ間に効かされていたことに気付く。あたしの異変に気付いた観客がさらに沸く。きっと彼らは一光の方に賭けているんだろう。
「ボックス!」
試合が再開される。
マズいな。どうしたらいいのか分からない。
怒れる一光は、射程距離に入ると瞬獄殺みたいな連打を放ってくる。
ジャブやストレートで動きを止めたいところだけど、ダウンを奪う前よりも耐久度まで上がっているのか、こちらにかけてくるプレッシャーがえげつない。
とはいえ、このままやられるわけにもいかない。あたしは覚悟を決めることにした。
こういう相手にはカウンターだ。中途半端なやつじゃなくて、意識を丸ごと刈り取るような。
そう、あたしはジャック・ザ・リッパー。何人もの男を一撃でマットに沈めてきた。今こそその力を使う時。
ガードを固める。怖すぎる眼光を放ちながら迫り来る一光。いいよ、来なよ。一発で倒してあげるから。
足を止める。どっしりと構えて、その瞬間を待つ。
一光が飛び込んで来る――今だ。
迎え撃つ形で、全速力の右を伸ばす。
時が止まる。あたしを取り囲む世界が真っ白になった。スローモーションで、あたしの右が一光に食い込んでいく。
その時、あたしの視界は真っ暗になった――




