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志崎由奈vs一光3

 リング中央へと来ると、またガードを高くしてジャブを突いていく。


 もう一光は倒すモードに入っているみたいで、ヤバい目つきで飛び込むタイミングを計っている。その目には暗闇で光る猛禽類眼光めいた不気味さがあった。


 今のあたしは誰が見ても劣勢だけど、こういう時ほど弱気になってはいけない。弱気を見せれば、それは相手のつけ入る隙となる。たかだか心理的な問題にしか聞こえないかもしれないけど、トップどころのボクサー同士の闘いは9割がメンタルの対決になる。


 正直ダメージはかなり蓄積しているけど、ピンチは逆にチャンスだ。相手は勝てると思って攻勢をかけてくる。それがあたしにとってカウンターのチャンスが増すということだ。


 さあ、来なさい。このバケモノ。あたしが全力でカミソリパンチを叩き込んであげる。


 そんなことを思ったせいか、一光が本当に距離を詰めてきた。うわ、来んな。いや、あたしが来なさいって言ったのか。


 すぐにサイドへの動きを取り戻し、ガードを高くしたままジャブを放つ。今度はスピードだけでなく、キレも意識した殺傷力の高いジャブの打ち方だ。たかがジャブでも、当たれば確実にダメージを与える。


 ジャブがガードを叩いた刹那、一光が強引に飛び込んでの左フックを打ってくる。左へ回り、冷静に大振りの一撃をかわす。パンチが風を切る音にまた観客がどよめく。


 動じない、動じない。


 あたしは自分に言い聞かせる。あいつのパンチ力は異常だ。だけど、考えてみたら元が男だったんだからパンチ力はあって当たり前だ。種明かしする必要すらない。


 考えてみたら実に不平等な対決だけど、前世でも不公平な判定やらアウェーな会場という逆境を跳ね返して勝ってきた。だから今回もあたしは勝つ。


 一光はさらに距離を詰めてプレッシャーをかけてくる。


まっすぐ来た――そう思った時には、本能でガードのど真ん中をワンツーで打ち抜いていた。


 一光がストンと尻餅をつく。ダウンだ。知らぬ間にダウンを取り返していた。


「逆転だ!」


 興奮気味に叫ぶぶーちんの声が聞こえるとともに、観客たちが沸き上がる。まさかあたしが倒し返すとは思っていなかったみたい。


 レフリーがカウントを数える。一光は機械みたい冷静で、時間一杯までそのカウントを聞いていた。


 そこまでダメージがなかったのか、表情は極めて冷静だった。


 試合が再開される。観客が沸く。あたしは距離を詰めていく。


 ダウンを取ったはいいけど、相手にとってそこまで致命的なダメージになったかと訊かれると微妙な気がする。どっちかと言えばダメージのないフラッシュダウンだろう。


 だけど、ダウンを奪い返したのは大きい。さっきまで倒してやるって感じでプレッシャーをかけられていたけど、その強烈な圧はなくなった。一光の方も倒れることを警戒するようになったのか、そこまで猛攻を仕掛けてくる気配がない。


 ダメージはきっとあたしの方が深いけど、心理的にはイーブンになった気もする。後は盛り返して倒すだけ。


 身体を左右へ振りながら距離を詰めていく。今度はあたしがプレッシャーをかける番。一光は立て続けに強打を受けるのを警戒してか、ガードを固めている。


 相手が動かないので、いきなりの右をガードの上から叩きつける。すぐに左アッパーを振り上げて、また右ストレートを打ち抜いた。


 ガード越しにいくらか効かせたのか、一光の脚が少しだけもつれる。チャンス。ここで畳みかければさらにダウンを奪える。


 速いワンツーを打つと、半歩分だけバックステップで下がる。目の前を打ち終わり狙いの左フックが通り過ぎる。風を切る音。おぞましいけど、その先にチャンスはある。フックが目の前を通り過ぎるとともに、右ストレートを打ち下ろした。


 右拳に抜けるような感覚――これは、効いた。


 確信とともに、また一光が尻餅をついた。ダウンが宣告され、観客が大騒ぎになる。


 ――今度こそ、正真正銘の逆転。


 自陣で大喜びする菜々さんとぶーちんにガッツポーズを見せつつ、あたしはニュートラルコーナーで待つ。


 カウントを数えられる一光は、珍しく怒りをあらわにしていた。マシーンのように無表情だったキャラはどこかへ消え失せ、効かされて倒れたことに対する怒りで切れ長の目尻が吊り上がっていた。


 おお、初めて人間らしい感情を見せましたね、なんて軽口を叩きたいところだけど、まずいかもしれない。というのも、何か怒らせたらマズい奴を怒らせてしまったような気がしないでもない。


 映像を観ている限りだと圧倒的な強さで相手を叩きつぶしていたから、今までは大体そんな勝ち方しかしていないんだろう。だけど、この試合では女子選手のあたしから二度も倒されている。それを屈辱に感じている可能性は十分にある。


 試合が再開される。


 倒されたはずなのに、こちらへ距離を詰めてくる一光。たった一瞬で、会場の空気が冷え切った気がした。


 そして、その嫌な予感はたしかに実現するのだった。

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