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いざ、決勝戦へ

 ――試合当日、あたしは会場脇の控え室にいた。


 昨日はよく眠れた。一光への憎しみで眠れないんじゃないかと思いきや、ベッドに入ったら爆睡だった。さすがセレブ愛用のベッド。あれは人間をダメにする。


 それはそれとして、大量に寝なくても体力が回復したのはありがたい。お陰で起きてからずっと調子がいい。


 控え室では軽くシャドウをこなして、あとはぶーちんの構えるミットを打っていた。ぶーちんのミットが知らぬ間にかなり上手くなっている。


 あたしが右を素早く打つと、反撃を想定したミットが打ち終わりに飛んでくる。それを掻い潜って、さらなる右ストレートからの左フックを返す。控え室にパパンとエグい音が響く。今日もあたしは天才。


 時間になったとのことで、入場の準備をする。場内では前座で誰かが歌っているようで、アメリカとメキシコの国歌が流れていた。選手は二人とも日本人なんですけどね。


 あと少しで入場だけど、その前に煽り映像が流れる。さすがに見知らぬ日本人二人が対決しても面白くないと判断されたのだろう。控え室のモニターでも知らぬ間に制作されていた煽り映像を観ることが出来た。


 だけど、その内容がまたツッコミどころ満載だった。


 あたしはアメリカで生まれて、黄色いジャップとして差別を受けながらイジメに遭ってきた。毎日過酷なイジメが続く中、ボクシングの師匠であるミスターハーンズに出会う。


 ハーンズ先生の薫陶を受けたあたしは数々のアマチュアの大会で優勝。だけど東洋系アメリカ人の差別はオリンピック代表の選出でもあって、あたしは代表から外された。


 失意に沈むあたしを、ビジネスマンのミスターヤマナカが救う。ミスターヤマナカはあたしをこの団体でヒーローにして、ラスベガスでの世界戦を目指す。そんな内容だった。


 な ん だ こ れ は 。


 フィクションにもほどがある。っていうか誰だよミスターヤマナカって。お前か、山中。なんで密かに自分を偉人みたいにしてるんだよ。


 抗議の気持ちばかりが出て来るけど、要はやったもの勝ちだ。モニターに映るセレブたちは涙すら流している人がいた。なんだこれ。


 もーええわと思っていると、あたしの入場曲が流れはじめる。ちょっと士気が下がりかけたけど、そんなことで気落ちしている場合でもない。


 この闘いに勝つか負けるかでのちの人生が真逆になる。というか、負けたらその先の人生があるのかも怪しい。カリブ海の上だから、船から落とされてサメの餌にされる可能性だってある。彼らは容赦しないだろう。


 あたしがひどい目に遭うのは別にいいけど、菜々さんは巻き込みたくない。ついでにぶーちんも。


 あたしにだって守るべきものはある。命を懸ける理由なんて、そんなので十分だ。


 入場ゲートが開くと、想像以上に歓迎された。あちこちから煽り映像にほだされたセレブたちが声援を送ってくれる。準決勝までのアウェーぶりからすると考えられない状況だった。


 リングインすると、今度は対戦相手の一光を紹介する映像が流れる。


 やはり事実とはだいぶかけ離れた内容で涙を誘う構成になっており、一光はなぜかフランス外人部隊に所属した元孤児で、はぐれて世界のどこかにいる肉親を捜すためにボクシングの世界王者を目指している設定になっていた。


 セレブたちはやはり泣いていた。こいつら、アホだ。


 あたしの冷ややかな視線をよそに、一光が入場してくる。冷たい眼つきでリングを見つめる彼女は、暗殺者のような殺気と闇を全身から滴らせていた。


 あたしの本能が危険を察知して、意識が研ぎ澄まされていく。


 黒髪のショートカットに切れ長の目。パッと見はアジア系の美女だけど、その中身というか、素となるものは生物的に男性のものだ。それは手術をしたところで変わらない。


 あたしの場合、肉体自体は正真正銘JKだ。この生物的な差がこの試合ではかなりのハンデになるだろう。もちろん、そのハンデは誰にも知らされていない。


 会場には巨大なモニターが設置してあり、そこにはこの試合のオッズが表示されていた。あたしは30%で、70%の一光が大いに有利の予想となっている。あれだけ圧倒的な強さを見せた試合映像が事前に流れているのであれば、それも無理なからぬことのような気がした。感情移入はするけど、賭け事はドライというのがいかにも欧米らしく感じる。


 まあいい。試合の勝ち負けにはオッズなんて関係ない。一光に賭けた方の観客はあたしのせいで大損をこく。それだけの話だ。


 試合前に散々大仰なアナウンスやら退屈な来賓の紹介を挟むと、両選手の名前がコールされる。煽り映像のお陰か、どちらも歓声は大きかった。


 この興行で初めてまともそうに見えるレフリーがリングインする。リング中央で諸注意を与えられたけど、英語のせいで何を言われているのか分からなかった。とりあえずイエスと言っておいた。プロポーズではなかったことを祈っている。


 両者自陣のコーナーに別れて、試合開始のゴングを待つ。


 この試合に勝てば、あたしたちは自由になれる。狂った金持ちの道楽で、サメの餌にされるつもりはない。


「ラウンド1」


 運命のゴングが打ち鳴らされた。

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