決戦への決意
「それじゃあ聞いて驚けよ。決勝戦の相手は、一光だ」
「……誰それ? どんだけ~の人?」
「やめろ。連載が終わるだろ」
山中は割とマジなトーンで言う。
「しかしお前も世間知らずだよな」
「そんなに有名な相手なの?」
「有名も有名だ。動画配信者としてな」
山中が一光なる相手の説明をしはじめた。
――一光はもともと光一というリングネームで活動する動画配信者兼ボクサーだった。
光一は配信者としても有名で、強豪選手とわりとガチなスパーリングを配信しながら人気を獲得していき、その中には世界ランカーや世界王者などの顔ぶれもあった。
人気ばかりが先行して弱い相手とばかり闘うボクサーは嫌われるけど、光一は相手を選ばず、というかわざと強豪ばかりを選んで勝負をしてきた。
そうやって人気を獲得してきた光一は、割と本当に世界チャンピオンになれる可能性を持ち始めてきた。
なんだかんだボクシングは人気稼業の側面もある。実力があってファンも多ければ、それだけチャンスも出てくる。その人の試合を観たいと多くの人が思うからだ。
すべては上手くいっていた。だけど、たった一つの出来事から彼の足元は崩れはじめた。
光一は体の性と心の性が違う人だった。光一のコンテンツは恋人の男性が担当していたんだけど、こいつがなかなかのクズだった。
この恋人は両刀使いの人で、つまりは男性だろうが女性だろうが性の対象として見ることが出来るタイプの人間で、しかも博愛主義のラベルを貼ったろくでなしだった。
つまり、そいつはしょっちゅう浮気をした。光一という恋人がいながら、何度も他の相手とベッドを伴にした。そのお相手は男の時もあれば女の時もあった。
それでもけなげな光一は恋人の裏切りを許していたけど、ある日にその我慢が閾値を超えた。光一は恋人をボコボコに殴り、半殺しにして病院送りにした。
当然のこと、プロボクサーが一般人を拳で半殺しにした事件は世間の不興を買い、光一は無期限の試合停止処分を受けた上に、ネット上のコンテンツも嫌がらせや後任のスタッフが出てこないなどの理由で閉鎖へと追い込まれた。
かくしてあれほど人気のあったネット有名人のボクサーは表舞台から姿を消した。
もはや闘う場所をなくした光一は海外へと渡り、性転換の手術を受けてから日本へと戻って来た。それを機に名前を前後で入れ替えて一光と名乗りはじめた。
光一が一光になってからまたネットの動画コンテンツで成り上がりを目指したが、ネットにいる正義マンたちが「前科者を許すな」とばかりに嫌がらせを繰り返し、動画を立ち上げるたびに不可解な理由でアカウントを停止された。
このまま誰にも理解されずに死んでいくしかないのか。
そう思っているところに手を差し伸べたのが山中だった。……差し伸べたっていうか、金ヅルを見つけただけだけど。
山中の裏ボクシング興行に参加した一光は、圧倒的な強さで決勝まで勝ち上がってきた。あたしの試合の裏で、彼の闘いもかなりの反響を呼んでいたみたい。
そんな二人の決勝だから、海外でやれば大儲けなんじゃないかって山中は思ったらしい。それで本当に実行しちゃうあたりがすごいけど。
「そういうわけで、決勝戦も派手な試合を頼むよ」
山中が上機嫌で言う。きっと脳内でソロバンを叩いているに違いない。
しかし、決戦は海外か。
少し前まではここで闘っていることすら考えなかったけど、ひょっとしたら異世界に迷い込んだとかそういうことじゃないんだろうか。
そう思いたいところだけど、UMA戦でも迦米レオン戦でも殴られたら痛かった。だからきっとこれは現実なんだろう。
次もとんでもないバケモノなんだろうな。不幸中の幸いは敵がトランスになってくれたお陰で普通の男子とは筋肉量が違うこと(願望込み)だけど。
「そういうわけでだ。次の試合はお前が思っているよりもビッグマッチになる」
「イロモノ対決の、だけどね」
山中はあたしがJKに転生しただけの元男子ボクサーということを知らない。ずいぶんと皮肉なものだけど、決勝はガチで強いトランス女子ボクサーか。
不安は残るけど、ここまで来たらやるしかない。一光については何の怨みもないけど、同じリングに立つのであれば完膚なきにまで倒す。




