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容赦ない美少女

 やはりボクサーとは血を見るとテンションが上がってしまうものなのか。


 いや、今回に限ってはそれだけじゃない。


 迦米が鼻血を出したのはこれ以上にない幸運だった。だって、鼻血が出れば顔面の位置が分かるから。


 さっきのナックルに残った感触は迦米の鼻を破壊した時のものだったみたい。鼻血がわずかに見えるだけなのに、迦米はひどく狼狽して見えた。


 チャンスだ。ボクシングはメンタルがかなりの部分を占めている。弱気になればそこを突かれるし、その逆もまたしかりだ。


 あたしはリングをドンドンと足踏みし、威嚇しながら攻撃のタイミングを計る。迦米も見えないはずなのに右を当てられて(正直マグレだけど)動揺しているみたいだった。


 右を打つ、と見せかけて足踏みをしてから左フックで飛び込む。目指すは鼻血の浮いている顔面。左拳にたしかな手ごたえ。


 いける――そのまま真ん中に右を思いっ切り振り抜いた。拳に抜ける感覚、景色と同化した迦米が背中からキャンバスに叩きつけられ、派手な音を立てた。


「ダウン!」


 レフリーがカウントを数える。


 マットには倒れて半身だけ起こしている迦米が浮かび上がった。ようやく姿を現した迦米の目は完全に飛んでいた。ほとんど白目になりかけた彼は、天井の方を向いて何かを探しているみたいにもがいている。


 会場に悲鳴。最悪なマジックのオチでも見せられているみたいだった。消えた推しが、倒されて姿を現したのであればそれも仕方のない話だろう。


 理由は分からないけど、迦米レオンの擬態は解けている。これもダメージを負うと集中出来ないとか、そういうことなんだろうか。知らんけど。


 レフリーがすごくゆっくりカウントを数えている。その目には「早く立てよ」という懇願があるようにも見えた。レフリーも迦米に賭けていたんだろうか。この地下格闘技場なら普通にあり得る話だ。


 レフリーが迦米の手首を掴んで引っ張り上げる。おい。


 無理矢理立たされた迦米はフラフラだ。でも、目が本家のカメレオンみたいになっているから元々グルグルしているようにも見える。


「ボックス!」


 レフリーは強引に試合を再開させた。


 正直「ええんか」と思ったけど、ここで相手に慈悲を見せている場合でもない。あたしは迦米をさっさと倒すことにした。


 すでにフラフラの迦米。近付いて連打をバババっと決めると、糸の切れた人形のように崩れ落ちた。


 もう誰が見ても結果は明らかだった。


 レフリーがダメ元でカウントするも、迦米はそのままテンカウントを聞いてノックアウトとなった。


「やった、やったぞ!」


 喜んだぶーちんと菜々さんがリングに上がってくる。そのままビールかけでも始まりそうな勢いだった。菜々さんも珍しくテンションが上がったのか、今しがた闘い終えた汗だくのあたしに抱きついてきた。


「ああ、死ぬかと思った」


 安堵とともに本音が出てくる。


 前のUMAもそうだったけど、ここの闘いは妖怪でも相手にしている気分だった。


 ふと会場を見やる。きっと今夜も破産した奴がたくさん出てきたはず。また今日もブーイングとともに物を投げつけられて退場するんだろうなと思ったらげんなりした。


 だけど――


「ん」


 耳を澄ませると、かすかながらにも拍手が聞こえてきて、その音は次第に大きくなっていった。


「なんか、認められたみたいだぞ」


 拍手に気付いたぶーちんが言う。


 周囲を見渡すと、拍手だけでなく声援も聞こえてきた。


「すごいね」


 菜々さんが思わず呟く。たしかに、ちょっと前までは考えられない光景だった。


「応えてやれよ」


 ぶーちんがそう言うので、右手を挙げて拳を突き上げた。拍手や声援は大きくなり、いつかのアウェー感満載の空気はどこにもなくなっていた。


 まだすべてが終わったわけじゃない。菜々さんを無事に帰すためには、あと一勝する必要がある。


「次も絶対、負けないからね」


 歓声に包まれながら、あたしは次の試合でも絶対に勝つと誓った。

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