殺意のインターバル
「大丈夫か」
「ええ、なんとか」
ぶーちんがあたしの口からマウスピースを外す。すぐに菜々さんから受け取った水をもらってうがいをした。水は早くも紅く染まっていた。
「あたし、何で倒れたの?」
「右だ。反応は出来ていたけどな」
ぶーちんが答える。知らぬ間にずっとセコンドをやっていたかのようになっている。今度はワセリンを取り出して、あたしの顔に塗っていく。量はちょっと多めだった。
「しかしあの野郎、マジで汚ねえぜ」
「ねえ、右をもらう前に何が起こったの?」
「あれを見てみろ」
ぶーちんが指さす先に、巨大なモニターが設置されていた。どこかにこの試合が中継されているのか、ラウンドの見どころがスロー映像で再生されている。
「あ」
ダウン前の映像が流れる。その映像の意味が、最初は分からなかった。
あたしが踏み込んで連打を放っている間に、迦米レオンの舌が異常な長さまで伸びていた。それこそ、腕を伸ばしたぐらいの長さに。
ちょ……なにこの衝撃映像。
ん……ってことは、あたしはカウンターの要領で顔面に舌のストレートを受けていたってこと?
言い換えたら、顔面を舐められていたってこと?
うわうわうわうわ。
あたしのテンションが一気に下がる。まるで心にルカニでもかけられた気分だ。いやだって、あんなにキモい相手に顔を舐められたなんて思ったら誰だってテンションがガタ落ちになるでしょう?
……っていうかそれだけ舌が伸びるってどういうこと?
もう完全に人間を辞めた奴らの巣窟なの、ここは?
皮肉なことに、ダウンでいくらか混濁していた意識が鮮明になってくる。あのバケモノ、絶対に許さん。
そもそもボクシングで相手の顔を舐めるとか反則だろ。いや、そんな表記はないだろうけどさ。
よく頭がぶつかることを「第三のパンチ」って表現するけど、迦米レオンのそれは伸ばした舌になるみたい。何もかもがおぞましいので、次にやってきたらアッパーで舌を噛み切らせてやる。
「セコンドアウト」
笛が鳴り、各陣営がリングから降りていく。迦米は体をゆらゆらとさせて、異様な目つきでこちらを見ていた。
――舐めてるな。殺す。
蘇る過去のアイデンティティ。あたしの中で影を潜める「俺」が静かにブチ切れている。
「ラウンド2」
報復を誓いながら、あたしはゴングの音を聞いた。




