未確認生物ボクサー
部屋に戻ると、ほどなくしてスピーカーから山中の声が響いた。
『明日も試合だが、とても寛大な俺様はお前のために次の対戦相手の映像を用意した。今から若いのにそれを持たせるから、参考にして次の試合に臨め』
「そんなに強敵なの?」
『ああ、強敵というか、多分驚くだろうな』
山中はどこか笑いを堪えるように言った。
「そいつって、有名な選手だったとか?」
『残念ながらボクサーだったわけじゃない。だけど観たら驚くだろうよ』
しばらくすると、黒スーツの男たちがゾロゾロと部屋へとやって来た。あっという間にテレビとDVDだかブルーレイデッキだかを組み立てていく。去り際に「UMA」と書かれたディスクを渡された。
「何これ。新しいボクシング団体?」
「いや、未確認生物のユーマじゃないか?」
横からぶーちんがツッコミを入れてくる。
「何それ」
「Unidentified Mysterious Animalの略で、生物学的に知られていない未確認動物っていう意味かな。ちょっとでもオカルトが好きな奴なら有名な言葉になるが」
「ふーん。なんか、よく分かんない」
あたしは思ったままを言った。そもそもボクシングとその未確認生物とやらがどう結びつくのかがまったく分からない。山中が「観たら驚くだろう」って言っていたから、映像を見ればきっとその意味が分かるんだろうなと思う。
というわけで、さっそくディスクを再生してみた。
映像にはあの試合会場が映り込む。天井あたりから撮影した映像のようだった。リングには筋肉でゴリゴリの体をした選手と、長身で細っこい体をした色黒の選手が映っている。
パッと見の印象だと、この筋肉ゴリラみたいな選手が次の相手だろうか。うわ、これだけでかい相手は嫌だな~と思っていると、映像の中では予想外の展開が起きはじめる。
タイ人だかインド人だか色黒のアジア人っぽい見た目の選手は、やたらと遠い距離でステップを踏んでいた。これでどうやって勝つつもりなんだろうと思っていると、次の瞬間に衝撃映像が流れる。
「は?」
気付けば色黒の強烈ジャブがゴリラの頭部を撥ね上げていた。いや、問題はそんなことじゃない。
映像を観ていた全員がフリーズした。理由は、色黒の腕があり得ないほど長く伸びたからだ。いや、長いなんてものじゃない。その長さは槍とか虫取り網とか、そういうレベルの長さだった。
「これ、加工した映像じゃないの?」
『残念ながら加工でもなければCGでもない。こいつは実在する、ボクシング史上最もリーチの長い選手だ』
山中が映像を解説する。まさか、こんな人間が地上にいるなんて。
ぶーちんが思わず口を開く。
「……バケモノじゃね?」
『そう、こいつはバケモノ並みの身体能力を持っている。驚異の柔軟性と、それに伴う超人的なリーチだ』
「ダ〇シムかよ……」
『正直なところ、俺もこいつが人間なのかいくらか疑っているところがある』
「だからUMAってことか」
ちょっと待て。
一回戦がヤク中の男で楽勝だと思っていたのに、次の相手はいきなりバケモノかい。
あたしの脳内ツッコミをあざ笑うかのように、映像に映り込むダル……じゃなくてUMAは猛威を振るいはじめる。
筋肉ゴリラもあのリーチには心底驚いたようで、遠くから見てもビビりはじめたのが分かった。だけど、ボクシングにおいて怯えを悟らせるのは致命的だ。心の弱さを見せれば、そこを一気に突かれる。
UMAは遠くから異常なリーチで筋肉ゴリラをボコボコにしていく。そのリーチ差は大人と子供以上にある。はたから見てどうしようもないのがすぐにでも理解出来た。
CGを駆使した実写映画みたいなボクシングは、遠くから超ロングストレートを連発するUMAが圧勝した。長い腕の連打に曝されたゴリラは、許してと言わんばかりにマットに膝をついた。レフリーがカウントを数えるのを、ただ呆然として眺めていた。
おそらく立とうと思えば立てたんだろうけど、逃げることもままならず肉食動物に食べられることを受け入れたインパラのようだった。
映像が終わる。全員が黙った。こんなバケモノ、どうやって対策を立てろというのか。
『それじゃあ試合は明日だ。強敵だけど、また豪快なKOを待っているぞ』
山中の音声が途切れる。完全に他人事といった風だった。まあ、他人事なんだろうけど。
「ねえ、これ、どうする……?」
あたしは割と本心に近いことを言う。あんな相手、WOWOWの世界戦でも見たことがない。前にはポール・ウィリアムスっていうすごくリーチの長い選手もいたけど、それでもあんなバケモノほどには腕が伸びなかった。
「まあ、何とか……なるんじゃないか? 多分」
楽観主義のぶーちんでもあの映像にはドン引きだったみたい。彼から見ても、あたしの勝つ画が見えづらいらしい。
まあ、とにかく映像があるだけ良かった。あんなのとぶっつけ本番で出会っていたら、それこそパニックになって倒されていたかもしれない。
考えてみたらあたしの存在っていくらかチートみたいなものだし、ああいう選手が出てきても不思議ではないよね(?)。なんとか夢で女神に会ってあいつの弱点を聞き出せないか。いや、それも神頼みすぎるか。何とかしよう。相手が人間である限り、何とか倒す方法はあるはず。いや、でもあいつはそもそも人間なのか……。
終わらない堂々巡りの思考を抑える。これ以上考えてもどうしようもない。
自分を無理やり納得させつつ、あたしは次戦に備えることにした。




