試合直前
試合の時間になった。バタバタしていたこともあってか、あっという間だった。
あたしはでかい独房で準備運動を終えると、ぶーちんに持たせたパンチングミットを打っていた。
やっぱり慣れていないせいか、いちいち「うわ」とか「死ぬ」とかうるさい。まあ、それが一般的なリアクションなんだろうけど。
ぶーちんがミットに慣れていないので、ミットでの反撃はさせずにストレート系だけを打つ練習をした。チーフセコンドに怪我をされても困るだけだし。
後は試合開始を待つだけ。そんな時に、ふとあたしの中に疑問が沸いてきた。
「山中、聞こえる?」
『なんだ。今さらビビったか?』
スピーカーから山中の軽口が響く。この部屋が常時監視されているのは間違いないようだ。
「訊き忘れていたけど、これに負けたらあたしたちはどうなるの?」
考えてみれば勝てば人質の菜々さんが帰って来るのに負けた時のペナルティがないのはおかしい。いや、人を攫っておいて平等もクソもないんだけど、あたしらにとっても虫が良過ぎる。裏社会の人間がそんなに優しいなんて考えられない。
『まあ、俺に大損をこかせることになるんだろうから、タダじゃ済まねえだろうな』
色々な含みを込めた声が響くと、ぶーちんや菜々さんの顔が曇る。
「と言うと?」
『とっても怖いことになると、それだけは伝えておこう』
とっても怖いこと――要するに殺されるってことだろうか。それだけ巨額の損失をさせたらそんなこともあるんだろう。
まあ、負ければ最悪死を覚悟しないといけないらしいことぐらいは理解出来た。というか、それぐらいの覚悟は最初からあった。
どうせ一度は死んだ身だ。もう一度死ぬ気になって闘うことぐらい何でもない。
「分かった。とりあえず要は勝てばいいんでしょ?」
『その通り。俺を儲けさせてくれ』
どストレートな要求を背に、あたしは黒服に導かれて部屋を出る。
これから「負ければ死」のボクシングトーナメントが始まる。
敗北への怖さ? そんなもの、あるわけないじゃん。
――だって、優勝するのはあたしに決まっているんだから。




