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まさかのセコンド

 トーナメント出場が決まったあたしは、黒スーツに導かれて専用の部屋へと案内される。とは言っても広い独房みたいなもので、簡易的なベッドやシャワー付きトイレがある以外はサンドバッグが吊るされている程度で、出入り口は関係者の持っているカードキーでないと開かない。


 部屋へ着くとスマホも没収された。外へ助けを求められないようにする措置としては当然だろう。スマホを手渡す前に位置情報を見れば良かったと思ったけど、もう遅い。あたしは自分が日本のどこにいるのかも分からないまま地下ボクシングに身を投じることとなる。


 緊張で疲れていたのか、部屋に着いたら眠くなった。すぐにベッドへ横になる。こんな状況でも普通に眠っていられる自分の図太さへ他人事のように呆れる。


 試合はさっそく今日から始まるそうだった。不幸中の幸いか、マウスピース等の道具は持ち歩いているので自分専用の道具はすでに揃っている。


 電子音がして、金属製のドアがスライドする。表情のない黒スーツの男が入って来た。男は山中の命令を受けて、今回のトーナメントに関する説明をしにきた。


 男の説明を要約するとこんな感じ。


 一つ。試合は連日決まった時間に行われる。怪我をしてもドクターはいないので、極力怪我はしないように。


 二つ。セコンドは誰にでも頼むことが出来る。それはこの会場で知り合った相手でも良い。


 三つ。この部屋は人力では絶対に空かないので、力づくで脱走を試みないこと。また、部屋の動きは監視カメラでも常時見られているので、変な動きをすればすぐに発見される。


 四つ。食事は決まった時間に黒服が運んで来る。その他必要があれば監視カメラに向かって何をしてほしいか伝えれば可能な限り要望に応える。


「なんか、闘犬みたいな生活だね」


 思わず出た一言に、黒スーツの男は何も答えなかった。


「でさ、セコンドって誰がやるの?」


 ついさっき、セコンドは誰でもやれるという話が出てきた。だけど、あたしはここに来ること自体が初めてだし、ましてや助けを求められる人もいない。


 一人で試合は出来ないので猫の手も借りたいっていうかゴロの手も借りたい感じだけど、それはどうすんだろ。


『その質問には俺が答えてやろう』


 ふいにスピーカーから山中の声が響く。さっきいた部屋からここの映像でも見ているのか。


 電子音がすると、金属製の扉が開く。


 入って来た人影を見て、あたしは一瞬フリーズする。扉の奥から来たのは、菜々さんだった。


「菜々さん!」

「由奈ちゃん、大丈夫?」

「こっちのセリフだよ!」


 あたしは菜々さんに駆け寄って抱きしめる。幸いというか、攫われたことでメンタルが崩壊しているとかはないようだった。


「良かった」


 どっちかと言えばあたしの方が泣きそうだった。何度もピーチ姫みたいに攫われる彼女だけど、無事でいてくれて安堵の気持ちが溢れてきた。


「ん」


 菜々さんのすぐ後ろに、もう一人見覚えのある男が立っていた。ジャンクフードばっかり食べているであろう肥満体の体。そのくせ妙に目つきだけはキリっとした顔つき。


「……ぶーちん、なんでいるの?」


 菜々さんと一緒に来たのは、かつて公開スパーリングでボコボコにしたぶーちんと呼ばれるネットのアンチだった。まずこの組み合わせの意味が分からないし、なんであなたがここにいるの? っていうツッコミどころ満載の展開にあたしは混乱する。


「いや、ちょっと攫われてさ」

『お前を連れてきた時、現場を嗅ぎまわっていたからな。念のために攫っておいた』


 あたしの疑問にぶーちんと山中が一緒に答える。


 攫われたって……。


 アンチから熱烈なファンに転向したぶーちんだけど、ここまで追っかけてくるなんてなかなか「持っている」奴なんじゃないか。いや、そんなことはどうでもいい。


『セコンドはその二人に頼めばいいだろう。どうせ大したことはしないし』

「セコンドって……」


 あたしは言葉を失う。


 まあたしかに、カットマンみたいなことをやらないんであればセコンドはせいぜい水を飲ませるとか指示を与えるとか、後は励ますとかやることはそれほど多くない。バンテージだって巻こうと思えば自分で巻けるし。


 だけど、この二人は完全なる素人だ。そんなので大丈夫なんだろうか。一抹の不安がよぎる。


「ああ、疲れた。なんか食うもんねえの?」


 ぶーちんは勝手にベッドへ腰かけた。攫われている立場なのに、この大物ぶりがすごいというか何というか……。


『お前たくさん食いそうだからな。後で色々持ってきてやるよ』


 優しいなオイ。山中の返事に脳内でツッコミを入れる。まあいいや。もう細かいことをあれこれ考えるのが面倒くさくなってきた。


「菜々さん、怪我はなかった?」

「私は大丈夫。由奈ちゃんこそ大丈夫なの?」


 菜々さんは攫われた立場なのに、気丈に振舞っていた。これが大人の意地なのか、それとも医療現場で散々修羅場を見てきた元看護師のメンタルなのか、いずれにしても彼女が無事で良かった。


「なんか、ごめんね。変なことに巻き込んじゃって」

「いや、連れていかれたのは私だし、由奈ちゃんこそこんな事件に巻き込まれて本当にごめんなさい」


 あたしを気遣う菜々さん。どちらかといえば和風の顔立ちをした彼女は、あたしが女に生まれ変わっても激カワだった。


「まあとにかく、この試合というかトーナメントを生き残らないとね」


 まさか人質にされている人間がそのままセコンドになるとは思わなかったけど、菜々さんがすぐ傍にいることはあたしにとって良い影響をもたらすだろう。


 これからセコンドについて菜々さんとぶーちんにレクチャーするか。チーフセコンドはぶーちんにやらせて、菜々さんはサブセコンドかな。そう考えると試合までにやることが結構あるな。


 まあいいや。知らないヤバい奴をセコンドに迎えるよりはよっぽど安心して闘える。


 菜々さんの笑顔を守らなきゃ。


 一度は死んで菜々さんを悲しませたけど、転生後の人生では彼女を笑顔にしていきたい。というか守りきる。


 なんか変なオマケも付いてきたけど、あたしはさらなる闘志を燃やしていた。

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