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攫われる女

 国体が近付いてきた。


 決勝に上がって来るのは天城楓花になるだろう。お互い「前世」が男だったので複雑な気分だけど、いま現在の生物的には問題はないので割り切って闘う。


 今日もあたしは絶好調。スパーリングで加藤君を6回ダウンさせて実戦練習を終えた。加藤君自身も国体の出場権は得ているけど、試合前にこれだけ倒されて色々と大丈夫かと思う。


 それはそれとして、国体を前にしたこの日に大事件が起きる。


 部活帰り、あたしのスマホが震えた。知らないアカウントからSNS経由で電話がかかってきていた。明らかに捨てアカで、ヤーマンという名前が画面に映り込んでいた。


「なんだろ」


 まさかあの有名格闘家じゃないだろうし。そうなると偽名……って、そんな本名の奴がいるわけもないか。


 通話に出ると、どこかで聞いた声がした。


「久しぶりだな、志崎由奈」

「あなたは……」


 声の主は、この前にやって来た自称プロモーターの山中だった。だからヤーマンか。いや、それはどうでもいい。


「なんであたしの番号を知っているの?」

「俺は事情通でな。これからビジネスの話をしたい」

「ヒマじゃないから切るね」


 前にも言ったように、こういうアホを相手にしてはいけない。


「まあ待てよ。菜々ちゃんと今生の別れになるのもアレだろう?」

「……どういうこと?」


 山中の発した言葉で血の気が引いていく。時間差で、くぐもった女性の声が聞こえた。猿ぐつわをされているのか、それともガムテープで口でも塞がれているのか。いずれにしても、その声は菜々のものだった。


「あんた、一体何をやって……」

「この前に会った感じだと、どうにも時間がかかりそうでな。こうしたら手っ取り早く話を聞いてくれるんじゃないかと思ったわけだ」

「警察を呼ぶから」

「いいぜ。それをすれば、今聞いたのが彼女の発した最後の声になる」


 山中はくっくと笑っていた。


「卑怯者……!」

「俺はどんな手を使ってでも欲しいものは手に入れるタチでね」


 山中は悪びれもせずに言う。


「要求は何なの?」

「話が早くていいね」


 山中は機嫌良さそうに続ける。


「これから君のところへ迎えが行く。そいつの運転する車に乗ってくれれば、後は俺のもとへ辿り着くまで寝ていようがボーっとしていようが構わない。簡単だろ?」

「何もされない保障があるの?」

「もちろん。大事な『商品』を台無しにするほど俺もバカじゃないさ」


 頭の中で天秤が揺れ動く。どう見ても危険な匂いしかしないけど、ここで断れば菜々さんがどんな目に遭うか分からない。数秒だけ呻き声を堪えて、あたしは返事をした。


「分かった。その代わりあたしだけでなく菜々さんの安全も約束して」

「お安い御用だ。君が賢い子で助かったよ」


 返事を待たず通話は切れた。あたしは「通話を終わりました」という表示を見つめながら、しばらく動くことが出来なかった。


 ほどなくして黒塗りの車があたしのもとへと近付いてきた。


 やたら鋭い目つきをしたスーツの男たちが何人も出て来て、「志崎さんですね。乗って下さい」と低くて平坦な声で言う。どう見てもヤバい人にしか見えなかったけど、今さら引き返すわけにもいかない。


 車内では目隠しをするよう言われた。狭い車内でこれだけの人数を相手にすれば分が悪い。ましてや相手は武器を持っている可能性が高い。素直に従うことにした。アイマスクを付けられて、陽の落ちた街を走っていく。


 これからどこへ連れて行かれるんだろう?


 皮肉にも超絶美少女へと転生したせいで、あたしはいいように性的な虐待を受けてから殺されるんじゃないか。山中と会った時、明らかにカタギの人とは違う匂いがした。彼が何を仕掛けてきても不思議じゃない。


 ――ふと女神の言葉が脳裏をよぎる。


「今ね、由奈ちゃんのことを狙っている、とっても悪い人たちがいるの」


 彼女の言っていたことってこれなの?


だとすれば、最初から防ぎようがなかった気がしないでもない。


 あたしの推測がどうあれ、車は無慈悲に夜の街を進んでいく。普通なら漏らすぐらい怖いのかもしれないけど、すでに一度死んでいるせいかそこまで恐怖は感じなかった。


 ああ、でもパパやママは心配するだろうな。


 あと、菜々さんはまた連れ去られたのか。吾妻タツにも誘拐されているから攫われるのはこれで2度目だ。「何回も攫われるなんてピーチ姫かよ」と毒づきたくなる。


 とはいえ菜々さんだって好きで攫われているんじゃない。自分よりも力の強い男たちにこうやって囲まれたらさぞ怖いだろうなと、今まさにその方法で攫われている最中のあたしは分析していた。


 気付けば練習で疲れていたせいか、知らぬ間に眠っていた。

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