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菜々さんと会う

 休日になったので、今日は出かけることにした。


 前の人生で恋人だった菜々さんと会うために、近所のカフェで落ち合う。彼女と再会して以来、休日に出会ってどうでもいい話をすることがあたしにとって貴重な時間になりつつある。


「それで、また国体に向けて激しい練習をしてるの?」

「はい。男子と毎日スパーリングしてますよ」

「すごいね。私にはとてもマネ出来ない」


 菜々さんはキツい練習を想像して顔をしかめる。どちらかと言えば和風の顔立ちをした彼女は、しかめっ面でもアホみたいにかわいい。さすが「俺」の惚れた女。


「でも、菜々さんも前は看護師をやっていたんですよね? あっちの方が夜勤とかもあるしよっぽどキツいんでは?」


 今は普通にOLをやっているはずだけど、菜々さんは元々看護師だった。「俺」が試合で負傷して病院へ行ったら彼女がいて、一目惚れしたのでしつこく追いかけ回していたら恋人になったという流れだった。勤務環境がブラック過ぎてギブアップしたみたいだけど。


「うん、そうだけど。でもそれって言ったっけ?」

「いや、あの……アレですよ。その、リュウさんが言っていました。彼、菜々さんのこと大好きだったから」

「そんなことまで……。ホントに、困った人だね」

「ホントですよね、まったく」


 内心「あぶねー」と思いながら、あたしは何とかごまかしきったことで安堵する。菜々さんとはつい最近になって知り合ったので、本来知り得ない情報をボロっと出したら色々とおかしなことになる。


 危ない危ない。彼女のフォローをしてボロを出すところだった。早いところ話を逸らしておかなきゃ。


「菜々さんは今どんな仕事をしてるんですか?」

「今は普通に会社で働いているよ。電話番したり、イベントの運営をしたり、そんなに大した仕事はしていないけど」

「そうなんですか(棒)」

「なんて言うか、由奈ちゃんみたいに華々しい生活とは無縁だったからね。私みたいに地味な女はそういう輝きとは無縁なんだよ」


 菜々さんは自虐的に笑う。いやいや、あなた中世に生まれてたら取り合いで戦争が起きてもおかしくないぐらい美人じゃないですか、とは思っても言えない。それは前世で言ったことがあるからだ。


「これから、どうするんですか?」


 恋人を失って、とは言わない。言えない。ただ、愛する人を失った悲しみに暮れながら一生を過ごしてほしくない。だからこそこうやって一緒に会うようにしているんだし。


「うん、どうしようかねえ」


 菜々さんが言葉を濁しながらどこか遠くを見つめている。自分でもどうすればいいのか分からないと思う。


「あたし、菜々さんには幸せになってほしいんです」


 どうしてか、知らぬ間に口が動いていた。


「リュウさんに話を聞いて、菜々さんって本当にいい女なんだろうなって思っていて、実際に会ったらこれだけ素敵な人で、何て言うか、こんな人が幸せになれないんだったら世界はおかしいと思うんです」

「嬉しいけど、ちょっと褒め過ぎじゃない?」


 菜々さんが苦笑いする。あたしは構わず続けた。


「まだ考えられないかもしれないですけど、菜々さんがウエディングドレスを着ている姿を見てみたいなって、そんな想いもあるんです」

「うん」

「なんで、リュウさんのことはどうしても脳裏をよぎるかもしれませんけど、菜々さんには幸せになってほしいなって」


 ――たとえ、あなたの傍に立つ人が「俺」ではない誰かであったとしても。


 直接そう言わなくても、菜々さんには伝わっていると思う。言葉って難しい。言わないと伝わらないのに、野暮になるからあえて言わないことも必要になる。


 言葉の選定は難しいけど、「あたし」の視点から菜々さんへの想いをぶつけた。


「そう、だね……。いつまでも引きずってもいられないしね」


 何かが届いたのか、菜々さんはコーヒーカップを見つめながらどこか遠くへと思いを馳せているように見えた。


「結婚式には、あたしも呼んで下さいね。菜々さんがドレス着たら絶対に超絶かわいいから」

「まだ相手も決まっていないのに早いよ」


 菜々さんが笑う。笑顔になっただけ良かったか。


 後はいつも通り、どうでもいい話をダラダラとして別れた。話そのものはどうでも良くても、そういう時間を共にすることが大事なんだ、きっと。


 夕暮れが綺麗だった。紅く染まった空は、見ているだけで理由もなく切なさを引き起こす。何かが終わる前触れのように感じるせいだろうか。


「菜々さん、素敵な人が見つかるといいな」


 夕陽に向かって呟く。まるで自分にも言い聞かせるみたいに。


 彼女と過ごす時間は昔も今も変わらず楽しい。


 でも、こうして会うのも菜々さんが次のパートナーを見つけ次第終わることになる。それは寂しいけれど、あたしだっていつまでも過去を引きずっている場合じゃないし、あたしのアイデンティティそのものが女性に変わっている。


 そのうち「俺」の存在はどこかへと追いやられ、忘れ去られた記憶として消えていくのだろう。そう思うと少しだけ寂しくなった。


 菜々さんの結婚式に行きたい、か……。


 ああは言ったけど、菜々さんの結婚式に行ったら、あたしのメンタルは大丈夫だろうか。正直なところ自信はないけど、その時は現実を受け入れよう。


 なんていうか、つくづくうま味のない転生だよね……。

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