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倒し合い

 第2ラウンドになると、さっきのラウンドが存在しなかったかのように両者で元気よく手を出していく。


 天城も3ラウンドしかない中で単発パンチの強振戦法はあまり好ましくないと悟ったのか、左を突きながら上下へと連打を散らしてくる。


 だけど、ジャブの差し合いだったら得意だよ。


 あたしはロングレンジを保ちつつ、メイウェザー並みに身体を斜めに構える。後はより遠くからより速くジャブを突くだけ。一見軽そうに見えるパンチでも、当たれば皮膚を切り裂く威力がある。


 ナイフに喩えられるジャブで、左右に揺れながら迫り来る天城を狙い撃つ。


 さすがというか、天城は天城で高速のウィービングを使い、目前までに来ていたジャブをかわしてくる。おそらく八割がたが本能でなされているのだろうけど、こいつの野性は転生してもそのままだ。


 だけど、腹はそう動かない。


 あたしはジャブを連打して囮にしつつ、速くて長い右をボディー目がけて放った。会場に派手な衝突音が響く。みぞおちは外したけど、腹に強打が決まった。ポイントにはなったはず。


「いいぞ! 腹を狙っていけ!」


 男子部員から応援の声が届く。


 アマチュアボクシングのセコンドはコーナーから声で指示を出してはいけないルールになっている。佐竹先生が伝令役の生徒に耳打ちして、それを他の部員が大声で指示にするといういくらか回りくどい方法でコミュニケーションがとられる。


 まあ、そんなものは気休めみたいなもので、あたしは自分が何をすればいいかぐらい分かっている。


 脚を使う。ベイブレードみたいに圧を発しながら高速移動する天城楓花。ちょっとでも気を抜けばすぐに持っていかれる。


 腰を落として、左をバババって突く。右ストレートを顔面に放ち、その勢いでもう一度腹に右を打っていく。


 右がまた腹に当たる。


 よっしゃポイントって思ったら、天城が喰らいながら左フックで飛び込んできた。


 ヤバっ……。


 歯を食いしばる。直後に衝撃。痛がっている場合じゃない。次は右が来る。首をひねってなんとかかわす。耳元に空気を切り裂く嫌な音が響いた。


 すぐにエビみたいなバックステップで逃げる。目の前で金属バットかと思うような風圧が起きる。あれを喰らっていたら終わっていた。


 目の前には身体を揺らす天城。殺意の波動というか、ゾーンに入ったおっかない眼をしている。弱気を見せれば喰われる。


 あたしもあらためて構える。


 さっきは予想外の手でパンチをもらったけど、戦術そのものは間違えていない。遠くから切れ味鋭いパンチを当てて、最終的に倒せればいい。


 また低い位置からせり上がる角度で左のリードブローを放っていく。斜め下から迫って来るパンチは人間の構造上見えにくい。加えてあたしのパンチは殺人ジャブだ。喰らい続ければ誰だって倒れる。


 ジャブをガシガシ突いて、体力ゲージを完全になくしてやる。


 だが、天城もその魂胆が分かっているせいか、ジャブに右のオーバーハンドをかぶせてくる。迫り来るパンチを、首をひねって外す。あんなのが当たれば無事では済まない。


 右の打ち終わりを狙って、逆にあたしが右ボディアッパーを突き上げる。たしかな手ごたえ。会場に衝撃音が響く。


 でも、こんなものじゃこいつは倒れない。


 それが分かっているので、さらなる追撃を加えにいく。


 身体を沈めた天城目がけて、左ボディーを連発していく。ドン、ドンと鈍い音が拳を通じて伝わってくる。


 攻撃が終わったら距離を取る。


 目の前を横切る強振。うわって思うけどビビっている場合じゃない。よく見ればかわせない攻撃でもない。


 会場のファンが由奈ちゃん派でにぎわってくる。あたしのパンチがしっかり当たっていると第三者にも分かるのだろう。それが分かるので精神的には後押しになる。ドルオタにちょっとだけ感謝した。


 天城がなりふり構わず距離を詰めてくる。


 これは左じゃ止まらない。右だ――


 右をカウンターの要領で打ち込む。


 あたしのストレートはまさしくカミソリパンチだ。当たれば男子だってまともに立ってはいられない。


 さあ喰らえ、あたしの放つ、伝説の右を。


 だが――


 カミソリストレートが当たったのに、天城が止まらない。


 ――嘘でしょ?


 そう思ったのと同時に、クソデカの衝撃。あたしの視界が、消したテレビみたいにブツって切れる。


 気が付くと、自分の脚と天井が見えていた。


「ダウン!」


 レフリーがカウントをはじめる。


 周囲から驚きの入り混じった歓声が起きる。


 ――また、倒されたみたい。


 さっき自分の脚が見えたのは、吹っ飛ばされて倒れた瞬間に天井を向いた自分の脚が見えたからだろう。


 パンチは見えたような、見えなかったような。


 ひとまずあたしのカウンターを無視して、肉を切らせて骨を断つタイプの右で倒されたのだけは理解している。


 しかし、こいつ転生しても無茶苦茶な戦法取るよね。


 呆れている間に、カウントはどんどん進んでいく。


 正直速攻で止められても文句の言えない倒れ方だったけど、それまであたしがポイントで勝っていたのもあってか、幸いにして試合は続いている。


 とりえず立たなきゃ。


 ものすごい効いているけど、さも効いておりませんという顔で立たないと、レフリーは試合を止めてしまう。


 最初は膝立ちでちょっと待ち、そこからゆっくりと立ち上がる。足が震えそうになるけど、うまいことごまかす。


 大丈夫だよ。あたしはまだやれますよ。


 そういう余裕を全開にして、レフリーに向かってファイティングポーズを取る。実際には油断すると倒れちゃいそうなんだけど、そうも言っていられない。


 レフリーは審判席をチラ見した。偉い人が止めないか確認しているのだろう。


 幸い、ジュリーと呼ばれる審判のボスは鋭い目つきで「勝手にしやがれ」とばかりに試合の動向を見守っているだけだった。あのオッサンが危険と判断した場合、試合を一方的に止める権限がある。


 さっきのチラ見はだいぶ気になったけど、試合はまだ終わっていない。あたしはまだ闘える。


 ニュートラルコーナーから出てきた天城は、まだゾーンの顔つきのままだった。


「落ち着け。まだ勝てる」


 他の部員から檄が飛ぶ。


 そうだね。まだ試合は終わってないもんね。


 もちろん、負けるなんて一ミリも思っていないよ。


 さっきのダウンで味を占めたのか、強引に殴り倒す作戦で身体を左右に揺すっている。マイク・タイソンに倒されてきた選手たちにはこんな映像が見えていたのかもしれない。


 だけど、あたしだってこの画を何度も見てきたんだ。


 今さらこれが怖くてリングになんかに立てるか!


 倒されてもあたしは強気だった。そう、ボクシングの9割はメンタルだ。自分の技術にどれだけの確信を持てるか。そしてそれをどれだけ維持出来るか。それだけで勝負のおおよそは決まってしまう。


 こちらも身体を左右に振って、天城の殺人パンチに備える。


 あいつのパンチは鉄球で殴られるに等しい。だからこそ彼女も自分のパンチ力に確信を持ち、それに賭けているのだ。


 ここから先は、先に強い攻撃を当てた方が勝つ試合になる。


 互いに凶器並みに強いパンチを持つ者。そんな二人がぶつかれば、おのずと試合は倒し合いになる。


 倒されはしたものの、あたしは変わらず左へと移動しながらジャブを突いていく。これで正面から打ち合いにいけば、それは自殺行為に過ぎない。あたしはあくまであたしの得意としている距離で闘う。


 天城はジャブへ頭突きするように突っ込んで強いパンチを打ってくる。それでレフリーに頭を注意されないあたり、さすがやり方を分かっているというか。


 さっき倒された理由はなんとなくだけど分かっている。


 おそらく、右で迎え撃つことばかりに気を取られて、同じ場所に留まり続けたのが被弾の原因だ。


 ボクシングではよく「同じ場所に止まり続けてはいけない」と言われる。それは同じ場所に立っていれば、それだけで相手がパンチを当てやすいという構図があるからだ。


 ラッキーパンチならぬラッキーよけみたいなのもあって、ただその場にい続けないだけで、見切っていなくてもパンチが外れる場合もある。だからこそボクシングでは常に動き続けることが推奨されるのだ。


 さっき被弾したあたしは、攻撃した後にすぐ動くという基本を怠った。だからこそ強引な相打ちパンチの餌食になったんだと思う。


 以上、解説終わり。後は反省を活かして闘うだけ。


 脚はいくらか痺れているけど、悠長に闘っている場合でもない。


 前後左右へチョロチョロ動き、強振を誘っては外す。


 今度はあたしが翻弄する番だ。


 斜めから鋭い角度で踏み込み、速いワンツーを当ててすぐ戻る。同時打ちで放たれたフックが目の前を通り過ぎる。その打ち終わりにさらなるワンツーをパパンと打ち込む。


 動く。同じ場所に留まらない。


 迫り来る天城。もう捕まらない。自分にそう誓った。


 ワンツーからバックステップで距離を取り、ストレートと似た軌道でアッパーを突き上げる。


 手ごたえとともに、天城の顔が撥ね上がる。


「ダウン!」


 レフリーが割って入る。


 今度は天城の方がダウンを取られた。


「逆転だ!」


 誰かが叫ぶと、それを皮切りに会場が歓声と悲鳴で騒がしくなる。


 2ラウンド目の時間はすでに終わっていた。カウントを数える間、天城は「しまった」という顔をしていたので、おそらくそれほどダメージはないはず。本当に効いたパンチはガツンという手ごたえよりもスッと抜けるような変な感覚があることが多い。


 想像通りに天城が冷静に構えると、試合再開後にすぐゴングが鳴らされる。


 残るはあと1ラウンド。


 泣いても笑っても、次ですべてが決まる。

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