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モトキの敗北

モトキはサトシとヒカルの様子が気になって……

○モトキの敗北


 近頃、モトキは浮かない顔をしていた。


「うああ〜、もう、やる気ねえ〜」

「なんだよ、モトキ〜? お前さっきから絵の授業、ちっとも進んでないじゃん?」

「うっせ〜、サトシ」

「イツキさんに教えてもらえばあ〜?」

「はあ〜、言うと思った……お前」


 モトキの兄は、美術教師だ。描く絵はともかく、本人のビジュアルも良いこともあって、赴任先の女子校では大人気の男だ。モトキの兄のイツキにはハルカという婚約者が居て、挙式も入籍もまだなのだが、すでにモトキたち家族と同居している。モトキにとっては義姉になる人だ。中学生のモトキにとっては、微妙な存在だが、今のところ受け入れている。


「ああ〜、もう〜、モヤモヤするなあ〜」

「なんだあ? モトキの奴〜?」


 サトシは面白そうにモトキを見ながらニヤニヤとしている。


「ったくー、人の気も知らないで……」


(大体、何だよ、サトシの奴……)


 モトキは、この頃、サトシとヒカルだけが二人で仲良さそうに見えることが気に入らないでいる。二人だけの壁があって、自分だけがそこに割り込めない……。そんな風に感じてしまうのだ。

 サトシはそんなモトキの気持ちを知ってか知らずか、相変わらず誰に対してもお調子者だ。先週のビオトープ同好会でもそうだった。サトシは上級生の飯島愛梨と屈託なく仲が良さそうだった。


(あの時もずっと……ヒカルはサトシを見つめていたっけ……)


 モトキは同好会の活動中もずっとヒカルの視線を追いかけていたのだ。


♪キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン♪


 授業の終わりを告げるチャイムが聞こえる。生徒たちはザワザワと席を立ち始めた。


「作業が遅れている者は、放課後に美術室を開けるから、一言申し出るように〜。分かったなあー?」

「は〜い」

「よお〜し、みな、気をつけて帰るように」

「うい〜っす」


 サトシはいつまでもボーっとしているモトキを見つけて駆け寄った。

「おい、モトキ? 何してんだよ? 終わったぞ?」

「あっ? おう、サトシ。俺、さっきからボーっとしてんな?」

「どうせまたヒカルのこと考えてんだろう?」


(うっ……、ず、図星……。なんで分かるんだよ、こいつ……)

「ち、ちがうって、サトシ!」


 モトキは、サトシの肩を振り払うと急いで帰り支度を始めた。サトシはニヤニヤとモトキの首に腕をまわした。


「まあ、そう、カリカリすんなって、モトキ〜」

「るっせい!」


 モトキは、自分の考えを簡単に見破られそうで居心地が悪かった。


(チェッ、男の嫉妬なんて……ダッセエよな、俺……)

 

 モトキは、チラッとヒカルへと視線を送った。ヒカルはクラスメートと楽しそうに話している。サトシはモトキの視線をチラリと見やった。


「ははあ〜ん……」


 サトシは、ニヤリと笑うと、モトキの背中をバシッと押した。


「痛えぞ、サトシ〜」


 モトキは倒れそうになる体を立て直しながらサトシへ振り返った。


「なあ? モトキって、ヒカルに告ったりしない訳?」

「はあっ? な、なんだよ、急に?」

「お前がウダウダしてっと、俺が無性に腹立つ訳」

「はあ〜っ? な、なんだよ、サトシ〜?」

「まあ、いいわ。じゃあなあ〜、モトキ〜」


 サトシは背中越しに手をヒラヒラとさせて立ち去って行こうとしている。モトキは、追いかけようとしたが、ヒカルの視線がサトシを追いかけていることを見てしまう。


(そっか、そっかあ……)


 モトキは、サトシに敗北を感じて、どうしてもそこを動けなかった。


 放課後、モトキは一人で美術室に残った。誰も居ない美術室で黙々と石膏像と向き合う。ローマ時代の誰かを石像にしてあるそれは、確かに石像にするほどの美を備えている。


「お前みたいな彫りの深い奴……モテてたのかあ〜?」


 モトキは、石像の男に話しかけ続けた。モトキの顔は彫りが深い訳では無いが、中性的でスマートな印象だ。兄のイツキ程、女性モテするような美貌ではないが、そこそこ整った顔つきをしている。


(俺の恋……やっぱ、ダメなのかなあ……?)


 モトキは、ヒカルの笑顔を思い描いた。モトキの記憶の中には、たくさんの笑顔のヒカルが住んでいる。小学生の頃から今日までのヒカル……。ずっと見てきた筈なのに、いつの間にか、二人の視線は、すれ違うようになっていた……。そのことに気づいたモトキは、いつまでも家に帰れそうにはなかった。

独りヒカルの笑顔を思い返すモトキは……

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