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ヨウタの恋

ヨウタはまたいつもの様に人を好きになって……

「ヨウタ〜?」

 

 姉のアサヒが弟のヨウタを呼んでいる。ヨウタはぼんやりと雲を眺めていた。


「ヨウタ? ヨウタってばあ〜?」


 アサヒは窓辺に佇む弟の姿をようやく見つけた。アサヒから見るヨウタの姿はいつも通りだった。いつも通りのヨウタであり、いつものように恋をしているようだった。


「もう〜、ヨウタってば聞こえているんでしょう?」


 ヨウタは聞こえていることが分かっているんでしょう?と、さも言いたそうにしている。アサヒはこんなことは慣れっこだったから文句も言わずに弟のそばへと立った。


「用は何?」


 ようやく返事をするヨウタもなかなかだった。どうせ大した用事でもないでしょう? と明らかに姉のことを素通りしたがっていた。姉のアサヒはヨウタのこのような振る舞いにいつも通りに返した。


「今度はだあれ? 誰に恋をしているの?」

「恋って、どうして分かるのさ?」

「あのねえ〜」


 アサヒはヨウタの恋をいくつも見て来た。幼い頃に始まって、ヨウタが誰かを好きでいない時期など無かったくらいだ。そして、いまも、間違いなくヨウタは誰かに恋をしている。

 ヨウタは姉にもお構いなしだった。いまはヒカルに夢中なのだから。アサヒが何を言おうと関係がない……。ヨウタは見上げていた空から校庭へと視線を落とした。


「誰を見ているの? ヨウタ?」

「え? 誰も……」

「うそよ。誰かを見ているでしょう?」

「うそじゃないさ。アサヒも見てみなよ? ほら?」


 アサヒはヨウタの視線の先を追いかけた。視線の向こうには校庭が広がっている。天気は良く、運動するには気持ちが良さそうだった。だが、その校庭にはまだ誰もいない。アサヒは不思議そうに誰もいない校庭を見つめた。


「ほらね? 嘘じゃないだろう?」


 ヨウタは自身の言葉が嘘ではないことを証明できて誇らしげだった。姉のアサヒは弟の小さな自己満足が可愛かった。


「うん、そうだね。ヨウタは正しかったよ」

「ほらね」

「うん。ごめんね、ヨウタ」

「いや、別に良いよ。姉さんがちょっとうるさく感じたから揶揄っただけ……」

「そういうところあるよねえ〜、ヨウタは」


 アサヒは言い終えると窓辺からクルリと向きを変えた。教室の方向へ向き直ると迷いもなく教室を出て行った。ヨウタは一人で教室に残った。


 しばらくすると廊下から話し声が聞こえて来た。この声はヨウタがいま恋をしているヒカルの声だ。ヨウタの心はウキウキと弾んだ。


「先輩、ここに居たんですか?」

「やあ、ヒカルちゃん! 僕のことを探してくれたのかい?」

「アサヒ先輩にここだって聞いたんです」

「えっ? アサヒに?」

「はい。ヨウタ先輩はここにいるよって」

「へえ、そうだったの?」

「良かったです、見つかって」

「そんなに探していたのい? 僕のことを?」

「急にパート練習をすることになって」

「吹奏楽部のかい?」

「はい。全体練習の前に少しだけって。ヨウタ先輩も大丈夫ですか?」

「ああ、もちろんだよ。僕もすぐに行くから」

「わたし、廊下で待ってますね?」

「分かった、いま行く」


 ヨウタは思いがけない展開に心を震わせた。まさか想い人の方からこうして自分を探しに来てくれるなんて。なんて今日はラッキーなんだろう!

 ヨウタはこれはアサヒがお膳立てしてくれたのだとは思わなかった。これがただの偶然である方がヨウタにとってはドラマチックだ。せっかくのサプライズをつまらないことで台無しにはしたくない……。ヨウタは機嫌良くカバンを手にすると教室を飛び出た。


 廊下にはヒカルと共に姉のアサヒも待っていた。


「うげっ!?」

「うげっ! とは、なによ〜。ヨウタ〜」

「なんでアサヒがここにいるんだよ〜」

「居たら悪いの〜?」

「……台無しじゃん」

「ハア〜? 何か言った?」


 ヨウタはガックリと肩を落として歩き出した。ヒカルとアサヒは楽しそうに笑っている。


「ヨウタ先輩、行きましょう?」

「ああ、うん……」

「ほらあ、元気だしなさいって〜」

「げふっ。マジで叩くなよ〜」


 アサヒはヨウタの背中を引っ叩いた後だった。ヨウタはアサヒに押されて先を歩く。ヒカルはアサヒと並んで情けなく歩くヨウタの後ろからついて行った。


「ねえ? ヒカルちゃんってえー、どんなタイプが好きなの?」

「えっ? アサヒ先輩……きゅ、急に何を?」

「ちょっと気になってたからさあ?」

「え、えーと……」


 ヒカルはこの手の質問が苦手だった。自分のことを言葉にして話すことは最も苦手な部類だったから。ヒカルはどう接して良いのか分からなかった。


「ごめんね〜、困らせちゃった?」

「い、いえ、と、特には……」


 ヒカルはアサヒ先輩と気まずくなるのは嫌だったから何かを話し出そうと言葉を絞り出した。


「え、えーと……面白い人でしょうか?」

「ああ、なるほどねえ〜。良いんじゃないかな? 面白い人」

「ア、アサヒ先輩は? どうですか?」

「私は、そうねえ〜。可愛い人かな?」

「えっ!? 可愛いんですか?」

「そう、男でも可愛くなくっちゃ」

「は、はあ……」


 ヒカルはアサヒの好きなタイプがイマイチよく分からなかった。それでもアイドルのようなビジュアルのことなのだろうか? と考えてみることにした。


「ねえ? ヨウタみたいなのはどう思う? ヒカルちゃんは?」

「えっ? ヨウタ先輩ですか?」

「そう、どうかな? 結構、うちの弟ってば面白くない?」


 ヨウタは振り返ってキリリっとアサヒを睨んだ。アサヒはニコニコと笑うばかりだった。ヒカルはそんなヨウタの姿にクスクスと笑い声を上げた。


「ヒカルちゃんって好きな人がいるのよね?」

「はあ!? なんだよ、それ!」


 思ってもみなかった方向から反論の声が上がった。それはヨウタの声だった。


「な、なんだよ、それ? 俺、初耳だぜ?」

「ヨウタはいいから黙ってて!」


 アサヒはヨウタを黙らせた。ヒカルは二人から見つめられて急に立ち止まった。


「あ、あの……。えっと……」


 ヒカルは一体この時間は何だったのだろうかと、しばらく戸惑った。そうだ、そういえば私の好きな人の話だったような……? ヒカルはぼんやりと我に返った。


「私、思ってたんだけどさあ……?」

「は、はい……?」

「入部の前に男の子と一緒に見学に来てたじゃない? ヒカルちゃん?」

「ええ? は、はい」

「もしかして、あの子のことが好きなんじゃないかって思ってたんだあ〜、私は。違う?」


 ヒカルは入部前にサトシと共に吹奏楽部へ見学に来ていたことを思い出した。その時は迷っているヒカルのことをサトシが後押ししてくれたのだった。


「サ、サトシくんは……す、好きな人がいるんですよ?」


 ヒカルはエリカのことを想って言った。


「そんなことは、ヒカルちゃんの思いとは何も関係ないでしょう?」

「えっ?」

「相手を好きな気持ちと相手に誰か好きな人がいるということは、何も関係ないじゃない? 違うかなあ〜?」


 アサヒはさすがに年上だけあってヒカルにとってはとても大人な考えをするとヒカルは思った。


「で、でも……」

「ほらね? でも……って思うってことは、本心では好きなんでしょう?」


 ヨウタは聞き捨てならないと思った。まさかそんな相手がいたなんて……。


「も、もうちょっと、詳しくその話を聞かせてくれないかな〜? ヒカルちゃん?」


 ヨウタがそう切り出したところで三人は目的地に着いた。吹奏楽部がいつも練習している音楽室からはそれぞれのパートの音が鳴り響いていた。


「ヨウタ? ほら、部活、部活ー」

「えー? なんだよー、アサヒー」

「何だよじゃあないわよ、さあ、練習、練習」

「ちえーっ」


 ヨウタは残念そうにして音楽室へと入った。アサヒもヨウタの背中を押しながらそそくさと音楽室へと入った。

 

 ヒカルは二人が先に音楽室に入った後で、一人だけ廊下に佇んだ。何だか落ち着かない気持ちを胸にしまい込めずに驚きながら廊下の窓から外を眺めた。ここからは校舎の配置がよく見えた。ヒカルはサトシがいるだろう体育館の屋根を急いで探した。


 わたし……好きなのかな〜? やっぱり……サトシくんのことが好き?


 ヒカルはアサヒに言われて自分の想いが目に見えるようだった。ずっと心の奥深くに眠らせていたつもりだったけど、何かの拍子に表に出てくるこの気持ちは、もう後戻りができなくなっていた。ヒカルはこの気持ちを認めると、きっと苦しくなるだろう……、そう思って怯えた。


「どうして……?」


 アサヒはどうして胸の奥の秘密までわかってしまったのだろう?ヒカルは不思議に思った。もしも自分が思っているよりも自分は考えていることが分かりやすくて、サトシや他のみんなにも筒抜けだったとしたら……。そんな風に考えるとヒカルはどうして良いのか分からなくなった。


「ヒカルちゃん?」


 廊下で佇んだままのヒカルを後から音楽室へとやって来た部長のサクラが話しかけた。


「入らないの?」

「ああ、はい……」


 ヒカルはサクラに促されてようやく音楽室へと入った。


「は〜い、それじゃあ、全体練習始めるわよ〜」

「はーい」


 ガヤガヤとそれぞれの部員たちが動き出した。ヒカルは動揺を悟られまいと下を向きながらクラリネットの一団へと潜り込んだ。


「ごめんね、ヒカルちゃん……」


 ヒカルは謝るアサヒの声が聞こえた気がしたが、高鳴る胸の鼓動を抑えることでいっぱいだった。


 「練習が終わるまでには落ち着きますように……」


 ヒカルは小さく呟くと大きく息を吸ってクラリネットを手に取った。

気持ちが先へと進んでいく……

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