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 そして9月になった。何人かがちゃんとした企業で障害者雇用としての面接を受け、それぞれの職場に旅立って行った。代わりに何人かの新しい入所者が入ってきた。私はまだ飲んでいる薬が多く、障害者枠として働くのも難しそうだった。

 

 求人を見ると精神障害を求めているのは極端に少ない。体の障害がある人間は就労が比較的楽だが、精神面の障害は採用率が低い。定期的に通えないからだ。障害者間にすら差別がある。

 

 前田ケンジとたまたま昼食を共にする機会があった。リタリンは余った分を笹山エリナに渡しているということだった。未だにたまに寝ているということも。

 

 「笹山さん、ほかの安牌そうな何人かと寝ているようですよ。」

 就労支援には20前後の男も何人かいる。その中で口が固そうな人を狙っているのだろう。彼女と寝るのは悪い気分ではなかったが、リタリンのことがあって、支援員と通所者という立場が悪い。

 

 おまけに人妻だ。ややこしい事は避けたい。こちらは順調に通って普通の生活をしたいだけなのだ。ある日、外の公園で、昼食をとっていると久々に高畑サナエが現れた。「ここ、いい?」と聞かれたので頷いた。子供には人気がないのか、サナエが現れるまでは誰一人いなかった。

 

 一通りおにぎりを食べ終え、まだ微かに鳴いている蝉の声を聞いていた。弁当を食べ終えたらしく、高畑サナエが話し始めた。「笹山さんの話、知ってる?あたり構わず男の子をホテルに連れて行ってるって。」

 「聞いたことはある。」自分もそのうちの1人だったとは言えなかった。

「タニガキ君は行ってないよね?」

「行ってない。話だけは聞いてるけど。」咄嗟に嘘をついた。

 潔癖症な彼女は多分この後所長に報告に行くために情報を集めているんだろう、と思った。

 その日終礼が終わり、駅まで歩いてる途中に前田ケンジが駆け寄ってきた。「今日所長に呼ばれて大変でしたよー、流石に薬のことだけは言わなかったんすけど。」

 「誰が寝てるってのは言った?」「いや、誰が寝てるとは言わなかったっす。タニガキさんのことも。実際、他はわかんないので。でも自分が寝た事あるってのはバレてたっす。」


 次の日、出所すると笹山エリナの姿はなかった。所長が「笹山さんは昨日で退職になりました。」とだけ伝え、あとは淡々と朝礼が進んだ。

 笹山エリナはこの狭い施設で派手にやりすぎたのだ。夫が出張になって寂しかったんだろうか?それとも元々男漁りのためだけに「Mirai」に来たのだろうか?

 まぁ私とは関係ないことだ。しばしの間落ち着いた生活が始まった。家に帰って風呂に入り、夕食をとり明日からの準備に備え無ければならない。


 笹山エリナからスマホに電話があったのは、彼女が辞めてから1週間程経った夜だった。

 「こんばんはー、タニガキ君?知ってると思うけど就労支援クビになっちゃってさー。高畑さんがどうもチクったらしいんだよね。お金が足りないから働いてたってわけでもないんでそこら辺はいいんだけど…高畑さんと最近喋った?」

 「昼飯時に、ちょっと喋りました。高畑さんが聞いてきて。でも私は寝たとかは言ってませんよ。」「だよねー、前田ケンジ君は喋っちゃったらしいけど。辞めさせられた日、所長にボロクソに言われてその場で退職届書けって。キツかったよー。」

 

 笹山はまるで他人事のように話す。「高畑サナエにちょっとした復讐したいんだよねー。タニガキ君手伝ってくれる?」復讐?自分のせいなのに?少し心がザワついた。

 「でも私、高畑さんとそんなに仲がいいわけでもないですよ、第一復讐なんて……」「一晩の愛を忘れたのかーこのやろう(笑)」「手伝うのは難しいです……」

「んーしょうがないなー、他の人に頼むか、君と寝た事と薬の事をバラすか。」「ちょっと待って下さい。」


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「って言ってたじゃないですか。」

笹山エリナは続ける。

「あの時とはちょっと事情が変わっちゃったんだよね。」

元々自分のせいなのに、私を脅してまで高畑サナエに復讐をしてやろうとおもっているのか、この女は。

「何をすればいいんですか。」「おっ、やる気が出てきたかな。」「……」

 

 「日常の細かいところから攻めていきたいとおもうんだ。まずタニガキ君は靴に画鋲を入れてもらえるかな。」

中坊のいじめか。下らない。

「後は細かいところはまた連絡するよ。」そう言い電話は切れた。

 

 就職するための施設なのに、何故他人の嫌がらせに加担をしなくちゃいけないのか。脱力した。もちろん画鋲なんて持っていく気になれなかった。

 しかし次の日から高畑サナエに対する細かい嫌がらせが始まった。鞄に入れといた弁当が無い。ホワイトボードに高畑サナエに対する落書きがしてある。

 

 そういう細かい嫌がらせがいくつかしてあった。高畑サナエは就業中にもかかわらずスタッフルームに駆け込んで行った。全体で4〜5人がいじめに加担しているようだった。つまりそれだけの人数が笹山エリナと寝たという事だ。

 

 そんな事が数日続いたある日、所長は順繰りにスタッフルームに男性を呼び出していった。私はその日は呼ばれなかった。

高畑サナエは終業後にもスタッフに相談しているようだった。

 

 そんなこんなで嫌な後味の残る1日だった。帰宅し、ベッドに横になる。家族は誰もまだ帰ってきていない。マナーモードにしていたスマホが震える。出ると笹山エリナだった。「ちゃんと画鋲入れてくれた?他の人達はちゃんとやっててくれた?」

「色々キツかったみたいで高畑さんスタッフルームに行ってましたよ。」自分の画鋲の事は誤魔化して言う。

 「彼女メンタルも弱いから相当堪えただろうね!やったぁ!」元とはいえ就労支援に支援員として働いてた彼女がそんな事を言うなんて信じられなかった。

 「じゃあ、明日はね……」嬉々として嫌がらせの手段を伝える彼女はどう考えても少しおかしくなっていた。


 滅多に休まない高畑サナエが次の日は休んだ。正直ホッとした。今来てもまた嫌がらせに会うだけだ。朝礼前に周りの誰が笹山エリナと寝ていたのか少し考えてみる。まず前田。そして手長足長?石井も彼女がいるとはいえ少し怪しい……高畑サナエはどうやって調べたんだ?新しく入ってきて話した事がない男もいる。

            

 そうやって値踏みしていると朝礼の時間になった。

 今日は前田ケンジがスピーチする番だ。前田はホワイトボードにデカい紙を貼り自分の好きなものと好きじゃ無いものについて書いてあった。

 それについて順繰りに説明していく。正直説明しなくてもその表で全て事足りるのだが、人前でスピーチすること自体が社会復帰の為に重要な事となっているので話している。

 

 作業が始まる。今日もまた電化製品の部品の組み合わせだ。PCはとうに部屋の隅っこに押しやられていた。だんだんノルマも増えてきて、通所者にも疲れが出てきた様子だった。たまたま前田ケンジが隣の席だったが、うつらうつらしているので肘で少し突っつく。

 「寝ちゃダメだよ。」「ああ、タニガキさん、昨日の夜、今日のスピーチの原稿書くのに苦戦して、マジ眠いっす。」「ちゃんと寝た?薬飲んでる?」「あ、今日は忘れちゃいました。」

 

 他の人達は黙々と作業しているので、自分も無駄話はやめて作業に集中した。L字型のパーツと形状が難しいパーツの細かい部分を組み合わせる仕事だ。

 

 細かい作業なので、先端が細い筆に糊を付けて貼っていく。普通のサイズの糊をそのままつけるとドバっと出てしまう。糊の出具合が悪いので、どこか詰まっているのかもしれない。楊枝をもってきて少し詰まっている部分を取り除く。これで大丈夫なはずだ。

 

 「あのータニガキさん」支援員さんに呼ばれて振り向く。「所長が呼んでます。ちょっといいですか?」緊張してスタッフルームに行く、所長はゆうに180センチを超えた大男で歳は40を過ぎた頃だろう。威圧感がある。「タニガキ君、君は笹山に誘われた事はあるか?」「ありません。」

 

 「笹山から聞いた関係した人物を挙げてもらったんだが君の名も入っていたぞ。」(思い切りバレてる)そう思い冷や汗が出た。

 「正確に言えば、ホテルまで行ったんですが寝ませんでした。その、アレが役に立たなくて。」嘘をついた。

 

 「それはもう殆どしたと言う事と一緒だ。今後二度と彼女と連絡はとるな。昨日、高畑に嫌がらせはしたか?」「……してません。笹山さんから靴に画鋲をいれてと電話はあったんですが。やりませんでした。」笹山エリナは辞める前に関係してくる男を洗いざらい話したようだ。

 その後も関係あると思われる人物がスタッフルームに呼ばれていた。

バレてるならしょうがない。開き直った気分になってきた。もう笹山の手伝いはしない。高畑サナエの嫌がらせ(と言ってもしていないが)も辞める。

 脅迫されてるのがだんだんバカらしくなってきた。

 

 その日も昼は公園でお握りを食べた。相変わらず子供はおらず、鳩が数羽いるだけだった。高畑サナエは休んでいるので来ない。何も無い昼休み。

 ゲームもやる気になれず、SNSを見て、(メンタル方面の顔の知らない人達が殆どだ)公園で過ごしていたのだが、周りをブンブンと飛ぶ虫がいるので早めに戻った。施設に戻ると騒動が起きていた。

 最初に入った時にいたカードゲームの彼と石井が掴み合いの喧嘩をしていた。支援員は全員が外食中らしかった。

「ヤッたってなんだよ!僕はそんなことした事ないぞ!」

 「うそつけ!施設の男は殆ど笹山さんとヤッてるんだ!お前もだろう!」石井が言い返す。

「意味がわかんないよ!ヤッたってなんだよ!」慌てて駆け寄り、揉み合っている2人をなんとか引き剥がす。何か腹が熱くなる。見ると何か刺さっていた。

 果物ナイフだ。グレーのTシャツが赤黒く染まっていく。

 

 「ぼ、僕じゃないぞ!か、勝手に刺さったんだ!悪いのはタニガキさんだ!」石井が少し後ずさりする。

ナイフが勝手に刺さるはずがない。彼が刺したのだ。片腕なのに器用な奴だ。目の前が暗くなる。多分パニックの発作だ。目の前で石井と数人が騒いでいる。誰かが駆け寄ってくる音が聞こえる。

 意識が薄くなるのがわかる。最後に視線の先に残ったのは、床に落ちている何かの紙切れの切れ端だった。

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