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ある日終礼が終わった後、高畑サナエは何かに耐えきれないように鼻をすすりながらスタッフ室に駆け込んで行った。ドアが閉まっていて遠くからでも声が聞こえた。支援員達はそれが聞こえなかったように、今日の作業の指示を出している。
「彼女、しょっちゅうスタッフルームに行きますね。」石井が言う。彼は片腕が無かった。小さい頃事故で失ったらしい。顔は面長で、頭は坊主にしてスッキリしていたが、義手もつけているせいか、いかんせん目立つ。
しかしここは障がい者手帳を持っているだけの人間が入れる施設なんだ、お前も一緒だよ、と心の中で石井に話しかける。
暗黙の了解となっていたので直接聞いたわけでは無いのだが、「Mirai」は恋愛禁止だった。石井は陽気な性格だったが無駄口が多く、仕事が雑で、(片腕が無いのでしょうがないのだが)注意される事もしばしばだった。途中で投げやりになって、作業が遅くなってしまうのだ。
彼は所内の21歳の子と付き合っていて、それは誰の目にも一目瞭然だった。休憩時間になった瞬間その女の子に話しに行くからだ。
「障がい者どうしでくっついてもどうせうまくいかないですよ。」高畑サナエが以前言っていたのを思い出す。統合失調症で、かつ足が悪いその女の子は車椅子に乗ったまま石井と会話している。恋愛か、と私は思う。
東京にいた時付き合っていた子は遠距離恋愛に疲れてしまい、結局別れてしまった。「あなたいつまで働かないつもりなの?」うつ病が重くて働けないんだと言っても最後の方はとりつくしまもなく、3年半の付き合いは呆気なく終わってしまった。バイ・セクシャルの子だった。「女の子と付き合うってどんな気持ち?」と好奇心で聞いてみたことがある。
「うーん。女の子はね、ちょっとネチネチしてる。嫉妬とか。私は男の人と付き合った方が楽なのかも。男も嫉妬深い人はいるけど。」別れてそれ以来3年ほど、誰とも付き合っていない。セフレももちろんいない。誰かパートナーがいればいいな、とも思う。
家族はいるが、友人達は地元から皆遠くに引っ越してしまい、普段会ってしゃべれる友達はいない。作業所でもプライベートで会えるような仲の良い友人は出来なかった。孤独のあまり、家で寝ているだけで、何かに心臓を搾られるように心が苦しくなる時がある。
しかし今の状態で相手を幸せに出来ることは無いだろう。なにせ家にいる時は殆ど寝たきりなのだ。そして田舎となると出会いが少ない。「Mirai」に相手がいればと思ったが、一回り下の20の女の子や、一回り上の40代の女性が多かった。
高畑サナエは年が近かったが、彼女のヒステリックな部分や子持ちだと言うことも考えると、あまり深く付き合える気はしなかった。振り回されて終わりだろう。
そんな感じだったので「Mirai」で恋愛する気は今の所はなかった。恋愛禁止なんて言ってもある人はある人にどうしても惹かれあってしまうのだ。そもそもうつ病になってから性欲が極端に減っていた。
歳のせいか薬のせいかわからないが、朝立ちもなくエロ動画を見る気もせず、おかしいな、と思い地元のピンサロ(実家を離れている間に数件潰れ、今は1件しかない)に行ってみても最初は立つのだが途中で萎んでしまい、最後までイク事は出来なかった。
一生懸命フェラしてくれる彼女に、「ごめん、もういいよ。うまくいけないみたいだ。」
そういうと彼女は「ごめんなさい。」と申し訳なさそうな顔をした。少しあどけなさが残るボブのキュートな子だった。
「元々遅漏だし、今日は体調が悪いみたいだ。」
店内は暗くユーロビートが流れ、パチンコ屋みたいな五月蝿さだった。「よくあるんだ。」「そうなんですね……私、今度はもっと頑張るので!良かったら指名して下さい!」
そういうと彼女はどこからか名刺と割引券を取り出し、私に渡した。
「ありがとう。また今度ね。」
そう言ってその日は帰った。なんとなくもやもやとした気分だけが残った。家に帰ってオナニーをすると、無事射精できたので昼間使った金が勿体なく感じた。収入はA型で貰える金額しかないので少ない。貴重な金だ。長く出していなかった精子は少し黄ばんでいた。