No.68 嘲笑う声が聞こえるか?
「あははははははははっ!!」
ゼムルードは嘲笑う。
彼の介入があったとは言え、ラクレアリスの計画は、ある程度は上手くいっていた。
その事実は今も変わらない。
だが、それさえもどうでも良くなるほどの衝撃が、ラクレアリスの中に走る。
「報告済み……? アリオトに……? ……全部?」
「うん」
「どうしてっ!?」
ラクレアリスは声を荒らげた。
目の前にいないゼムルードに掴みかかる代わりに、がっしりとハトを捕獲する。
(まずい、まずい、まずい、まずい、まずい、まずい、まずいぃっ!!)
手は震え、視線はきょろきょろと定まらない。
冷や汗が止まらず、体を縮こまらせ、さながら牙を突き立てられる直前の草食獣のように、怯えている。
彼女からにじみ出るのは、恐れを含んだ魔力。
それはじわじわと広がりゆき、幻花をしおらせる。
「当然だろう? 子供がいじめられてるって親に知らせる事の何が悪い? 俺がお前にとやかく言われる筋合いは無いな。末っ子いじめたお前が悪い」
突然人が変わったように、ゼムルードは真面目なトーンでラクレアリスに語りかけた。
あの飄々とした雰囲気は一切無い。
感情的になった大人を諭すように、淡々としていた。
「お前さ、俺の時もそうだったよな。親のいないところで、子供に自分の力誇示して。そのくせして、年上相手だと急におとなしくなる。やめろよな、そう言うの。強者のくせにみっともないぞ」
ゼムルードの言葉が、鋭い刃となってラクレアリスに突き刺さる。
こうなってしまえば、ラクレアリスにはもう、言い返す事は出来ない。
ゼムルードの言っている事は全て正論だ。
行動を監視していたから何だ?
高みの見物で邪魔をしていたから何だ?
一歩下がってよく見てみろ。
全部、ラクレアリスの自業自得じゃないか。
反論の余地が無い事くらい、誰が見たって分かるだろう。
……とは言え、ゼムルードとて、特別セルマリエスがかわいそうだったからなんて理由で、こんな事を仕掛けた訳ではない。
もちろん同情はあった。
……二パーセントくらいは。
三パーセントは好奇心。
十五パーセントはアリオトへの義理立て。
そして、残る八割が……
——個人的な、ラクレアリスへのささやかな復讐。
「ま、とにかくそーいう事だから。アリオト様からは、そう遠くないうちに呼び出し食らうんじゃねーの? 流石に殺されはしないだろうけど……せいぜい頑張れよw」
投げやりに、ゼムルードは告げた。
どこか他人事のような態度……と言うよりはむしろ、実際に他人事である。
ハトの目を通してラクレアリスを見ながら、にやけ顔をしているのが目に浮かぶようだ。
「そうそう、俺がお前の事報告した時にはな、あの人、エッグい怖い顔で笑ってたぜ。いやー、俺は別に何もしてないのに、あの時は背中の鱗全部はがされたのかってくらいゾクゾクしたよ。お前、どうなっちゃうんだろうな? まぁ俺には関係無いけどさ。じゃ」
「~~ッ!! まっ……」
ラクレアリスの呼びかけむなしく、ゼムルードの気配は、逃げるようにハトの中から消えていった。
枯れかけた幻花の花園に一人残された彼女は、ぼんやりと気の抜けたような表情で、かかしのように立っている。
ゼムルードの言葉を頭の中で反芻するたびに、絶望が荒れ狂う波となって押し寄せる。
意識は嵐に吞まれ、溺れる寸前。
……ラクレアリスは、完全に処理落ちしていた。
「ポー!!」
威勢の良い鳴き声と共に、緑のハトが、ラクレアリスの腕から飛び上がる。
そして翼で彼女の顔を殴打。バシバシと音が鳴るほどにたたきつけた。
しかし、ラクレアリスは無反応。
ハトがいる事にすら気づいていない。
ああ、かわいそうに。脳内がショートしてしまったようだ。
罰が下る前でこれなのだから、次にアリオトと出会ってしまった時には……
……
ゼムルードの復讐は大成功だったようだ。
動かないラクレアリスをつまらなそうに見下げ、ハトは暗いドアの向こうへと飛び去ってゆく……
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
沈みかけの太陽が、西の空を朱色に染めている。
景色、風、ほのかに香る草花の匂い。
今日一日のあの騒動が嘘だったかのように、何一つとして変わってはいない。
アクト先輩とサイラスはどうなったのだろうか?
痕跡が全て途絶えた以上、確かめる手段は無い。
無事ならばそれで良いのだが……まぁ、アクト先輩はともかく、サイラスも大概しぶとい。
案外明日あたりにでも、ひょこっと戻って来る事だってあるかもしれない。
……そうだ。こんな事があっても、明日になればまた、あたりまえにいつも通りの日常が始まるんだ。
あの女の事とか、色々考えるのが無駄だとは言わない。
ただ、休息も必要だ。
いくら疲労を感じにくい体質だったとしてもそう。
自覚はある。最近の僕は、……働き過ぎだ。
ぼんやりと、寮の自分の部屋に向かいながらそんな事を思う。
ガイウス先生とは、あの場所から帰還した後すぐに別れた。
先生は、『明日の授業の準備が色々ある』と言って、校舎の方に走っていった。
これほどの規模の学校の教師となると、なんだかんだ言ってやっぱり忙しいらしい。
……本当、あの人、今日一日よくこんな事に付き合ってくれたな……
ところで、ガイウス先生の傷の件だが、もう問題は無い。
別れる前に、僕の涙を渡してきた。
こう言ってはなんだが、効能はメルトの時に実証済み。
毒も呪いもかかっていないただの傷ならば、明日にはもう、完全回復している事だろう。
とりあえずこれで一安心。
ふうと息を吐く。
ドアの取手に手をかけると、木の温かみが伝わって来る。
地下の大扉とは違って、素朴で、どこか懐かしい。
取手を軽く引くと、キィと音を立ててドアが開いた。
窓の外は薄暗く、ぽつぽつと星が瞬き始めている。
朝から変わらない、ベッドに机。
机の上では、時計がカチカチと音を鳴らす。
そして二つ並ぶベッドの片方に、よく見知った人影がぽつりと座っている。
「ああ、おかえり、エス。今日一回も見かけなかったけど、どこで何してたの?」
僕が帰ってきた音を聞くと、ラーファルはぱっとこちらに顔を向けた。
丸い瞳に、背中の羽。
尾羽をピコピコと揺らし、不思議そうにこちらを見つめている。
あの女とは大違いだ。
元来の鳥好きも相まって、完全に僕の癒し枠。
「んー……まぁ、色々とね。大丈夫だよ。問題はあらかた解決しただろうから」
「問題? 何の話?」
「……詳しい事はまた、いずれ。ごめん。今日はもう疲れたんだ」
顔を上げ、ベッドの上に仰向けに倒れ込む。
ふわりと包み込まれる感覚に、溜め息が出た。
そして、はっきりとこう感じた。
——ああ、帰ってきたんだなぁ……って。
次回が二章のラストぉ!!




