No.67 告げ口
その言葉を聞いた瞬間、ハトはピタリと動きを止めた。
「あは。やぁ、ラクレアリス。全部見てたよ」
幻花の花畑に、少年のものとおぼしき声がこだまする。
どこから聞こえてくるのかは、よく分からない。
ただ電話越しに話すような声が、ハトの体を通し、女の耳に響いた。
「ふぅん。なるほど、私を監視してたの……あなた、いつからそんな事できるほど偉くなったのかしら?」
「いやだなぁ。俺たちに上下関係なんて存在しないだろ? 俺達は王の元に平等だ」
「そうね。だったら、あなたが私のする事を邪魔する道理も無いわね」
「あっはは! 怒ってるねぇ、ラクレアリス……」
無邪気な声で、ゼムルードはラクレアリスを刺激する。
ラクレアリスの内で、だんだんといらだちが膨れ上がってきた。
額に青筋をうかべながらも、ラクレアリスは努めて冷静に話そうとする。
「あたりまえでしょう? ただでさえイレギュラーの対応に追われてたってのに、あなたのせいで、せっかくの私の計画がおじゃんよ。一体どうしてくれるの?」
「んー……まぁ、どうもしないさ。ってか、はなから俺の目的はお前の邪魔をする事。その態度を見るには、ちゃんと成功してたか。あぁー良かった」
「……は?」
ラクレアリスは目を見開いた。
そしてハトを両手でわし掴みにすると、前後に大きく振り、問いただす。
「今のどう言う意味? 待って、あなた、いつから何を……」
「ああーはいはい、分かった分かった。急かさなくても教えるよ。視界がブレるって……それに、その子がかわいそうだろ。やめてくれよ、俺のペットいじめるの」
ゴホンと咳払いをするゼムルード。
ラクレアリスはいまだ勘繰るような目をハトに向けているが、その手に入る力は少し抜いてやる。
当のハトはと言うと、やはり、不思議そうに彼女を見上げるのみ。
「でもさ、お前だって、もうおかしいとは思ってるんだろ? なのにわざわざ俺が言う必要あるか?」
「だから、“何”が? そんな言い方しても何も伝わらないから、はっきり言ってよ」
「んー? でもお前、さっき自分で言ってたじゃん」
ハトを通して、ゼムルードが不敵に笑うのをラクレアリスは感じ取った。
とは言え、実際目の前に存在するのはただのハト。
丸い純粋な黒い瞳に、ラクレアリスはなぜかうろたえる。
「ううっ、鳥を盾にするとは卑怯な……で? 結局あなたは何したんだって?」
「なんてことはないさ。俺はあの赤髪少年……えー、アクトだっけ? を、お前のとこまで連れてっただけ」
「ん? ……は! はぁ? あれ、あんたの仕業だったの?」
「そうだよ」
全く悪びれる様子も無く、ゼムルードははっきりとそう言い切った。
呆然とするラクレアリス。
クスクスと、実に面白そうな声でゼムルードが笑う。
ラクレアリスはしばらくの間、ポカンと口を開けて立ちすくんでいたが……
「ふっざっけんじゃないぞ、こんのゼムヤローー!!」
ついにキレた。
花畑に怒号がこだまする。
ラクレアリスは肩を震わし、ギロリとハトをにらみつけた。
ピリピリとした視線がこそばゆかったのか、ハトはブワリと羽を膨らます。
緑のハトは、ラクレアリスの手の中で不快そうにもがいた。
その手は檻のようにハトを閉じ込め、逃げる事を許さない。
数秒の後、ハトは諦め顔で首をぐるりと回した。
抜けた羽毛が頭の上に残っていて、どこか間抜けな様子だ。
しかし、それを見下ろす視線は冷たい。
……いや、この表現はどこか違う。
ラクレアリスはハトを見下ろしながらも、その視線は、もっとどこか違う場所を向いていた。
ハトを通し、もっと奥。
感覚を世界に広げ、ハトから漂う魔力を探す。
地上。
近くにはいない。
もっと遠くだ。薄く、意識をのばしていく。
国と国の境界をまたぎ、もっともっと……
…………いた。
「おっと、俺を見つけたのか。まいったなぁ、相変わらず空間干渉の上手いやつ」
「ふん、随分と余裕そうね。あなたの座標はつかんだわ。待ってなさいよ、今そっちに行ってやるから」
ラクレアリスは、魔法を発動しようと息を吸い込む。
一見すると、万事休す。
ラクレアリスは、ゼムルードのうろたえる声を期待した。
……なのに一体、これはどう言う事だ?
「あっは! 仕置きでもする気かい? 確かに、お前は俺より強いからね。いや、まっとうな選択だとは思うよ。でも……そんな事したって、もう無駄無駄」
ゼムルードは、それでも飄々とした態度を崩さない。
それどころか、勝ち誇った喜びのようなものが、明らかに声に滲んでいる。
不穏な気配を感じ、ラクレアリスは開けた口を閉ざした。
「あれ? 俺を殴りに来るのはやめたの? つまんないなぁ……ま、どのみち結末は変わんないよ」
「……言いたい事があるなら、はっきり言いなさいよ」
グッと拳を握るラクレアリス。
キラリとハトの瞳が光る。
ゼムルードはしばらくの間、間接的にラクレアリスを見つめる。
そして、押し殺したような嫌な笑いと共に、口を開いた。
「お前の所業は、もう全部アリオト様に報告済みだよ」
「……は?」
その言葉を聞き、ラクレアリスはハトを放り眉間をおさえた。
上を向き、下を向き、再びハトの方へ目を向ける。
「は?」
ブワリと、ラクレアリスの全身に冷や汗が流れ出す。
その目に宿るのは、驚きと……
「はぁぁぁぁぁ??」
……恐怖。




