No.64 理不尽
少し前の事……
「ふむ、これを壊すと……なかなかやるじゃない」
動かなくなった氷姫の残骸を見て、女は関心したようにあごを撫でた。
赤い瞳の見つめる先が僕に移る。
薄笑いの浮かんだ顔。
これはどう言う感情だ?
人形を壊されて怒っているのか?
期待以上だと喜んでいるようにも見える。
思考が読めない。
不気味だ。何を企んでいる?
「いや~いや~、そんなになるまでよくやるわ。体の限界超えてまで頑張った事は、素直に褒めてあげましょう」
女がスッと手を上げると、雷姫の動きがピタリと止まった。
同時に暴走していた魔力も収まり、ただの人形と化した雷姫は、グシャリと地面に倒れ込む。
「……人形遊びはもういいのか?」
「ん? ああ、そうねぇ……今の実力は充分見せてもらったし……」
女はゆっくりと近づいてくる。
正直、脅威は感じない。
女の目には、殺意も敵意もこもっていない。
なのに、僕の体からは緊張が抜けない。
本能的な畏怖だろうか?
女との距離が縮まるにつれ、僕はジリジリと後退りをする。
体は逃げようとしているのに、なぜだか目だけは、女から離せない。
「あはは。どうしたの? 逃げたいの? あなた既に満身創痍だし……判断としては、悪くないわねぇ。でも……」
その瞬間。
女の体が僅かにブレたかと思うと、僕の視界から女が消えた。
気づくと、女は僕の隣に立っていた。
魔術も、魔法も使用した形跡は無い。
しかし一瞬だけ、タンと小さく踏み込むような音が聞こえた。
つまり、今のは単純に跳んで移動して来ただけ。
僕の動体視力が追いつかないだと?
やっぱり、同族相手は人や魔獣とは訳が違……
「隙ありっ」
「っぐ!?」
何だ?
背中に衝撃が走る。
骨から神経を通って、脳に響くような痛み。
訳も分からず、地面がどんどん近くなる。
続けざまに、頭に二撃目が。
顔が一気に地面に打ちつけられる。
「あっははぁ! この程度の食らっちゃうの? ま、しょうがないか。もうボロボロだもんねぇ。はは、弱いものいじめ最高」
「っ、どけっ!」
「やだ」
女の足にこめられる力が強くなった。
顔が地面にめり込む。
痛い。
無理矢理振り払おうにも、体に力が入らない。
その上にこの女、異様に力が強い。
まぁ同族なのだから、あたりまえだと言ったらそれで終わりなんだけれども。
それにしても容赦が無い。
ついさっきまでは、遠まきに見てるだけだったってのに、やっと氷姫を倒せたと思ったらいきなり……
……こいつ、この瞬間を狙ってやがったな。
「う……外道が……」
「む、失礼な。弱らせたところを直接叩くのは立派な戦術よ。綺麗事じゃないのさ、ガキンチョ」
「そっちこそ、大人気ないぞ!」
「何とでも言いなさい。でも響かないわよ。理不尽は私の真骨頂だから」
『星ヨ、汝ニ縫イ留メヨ』
なっ、それはさっき僕が……
「う゛がぁっ!?」
「ふふ、さっきのお返し」
女が不敵に笑う。
重力が体にズンとのしかかり、全身の骨がギシギシと悲鳴を上げた。
「ぐうぅ……」
「アハハッ! その顔最高! もっと見せてよ。ほらほらほらほら……」
「うるっ……さい……」
抵抗できない。
だって仕方が無い。
不甲斐ない事に、現時点で僕がこの女に勝っているところは一つも無いのだから。
体が動かないから魔術は使えない。
魔法はぶつけたところでどうせ相殺される。
フィジカルだって、この通り。
できる事と言ったら、自爆まがいの身体強化くらい。
でも僕の体はもう限界だ。自分の事だ、よく分かる。
もう一度あんな事しようものなら、今度こそ本当に死んでしまう。
前に転生したのは奇跡みたいなものだ。きっと次は無いだろう。
何より、今の僕は前世とは違う。
人と関わろうとしなかった、あの時の僕とは。
この世界には父さんがいる。
友達だって出来た。
居場所があるんだ。
こんなところで、おめおめ捨てられる命じゃない。
——だから……!!
「あれ、まだ諦めてないの?」
「あ……たりまえ、だぁっ……!」
渾身の力を残った左腕に込めて、体を地に縫いつけようとする重圧に逆らう。
血管が浮き出る。
目から、鼻から。血液がしたたり落ちていくのが分かる。
それでも、歯を食いしばり必死に耐える。
「ぐうぅぅ……」
「おお、すごいすごい。この状態から立とうとするの」
女はいかにも面白そうに、血に塗れた僕の顔を覗き込む。
「いやほんと、よくやるわ。普通ならもう絶望しててもおかしくないのに。その気概は、一体どこから出てくるのかしら?」
「知るかっ……てんだ……」
「ふぅん。自覚無しねぇ……まぁいっか」
女の片足がスッと上がった。
待てよ、まさか……
やめろ。どこまで僕をもてあそぶつもりだ?
容赦は無いのか!?
「どうせ……もう終わりなんだしぃ!?」
僕の背中に、女の足が振り下ろされる。
さっきとは比にならない衝撃。
バキンと、どこかの骨が折れる音がした。
全身を襲う痛みのせいで、どこのものかはもう分からない。
やっと芽生え始めていた希望も、たったこれだけの事で打ち砕かれる。
くっそ……
もう、意識が……
「あっはぁ!! やぁっと堪忍したみたいねぇ。ザァ〜コ」
ムカつく声が、上から降りかかる。
でも反論すら出来ない。
声を出す力すら、もう残ってはいない。
こいつの言う通り、もう終わりなのか?
こんなところで……
——バサササササッ……
最近サイラス以外のクラスメイト全然出してねぇや




