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No.62 出口もどき

「檻を壊したは良いものの、今度はここからどう出るか、だな……」


 ざあざあと勢い良く水を吹き上げる噴水を前に、アクトは独り言のように呟いた。

 冷たい飛沫(しぶき)がまばらに顔に降りかかり、少年の髪を濡らす。


「あそこのドアから出れば良いんじゃないですか?」


 そんな中、じっと水面を見つめるアクトとは対照的に、場違いに陽気な声が響く。

 アクトが振り返ると、サイラスは壁の小さな扉を指さし小首をかしげた。


「……」

「……え、何か問題ありましたか?」

「……」

「……え……もしかして、問題あるの……?」


 アクトは答えない。

 ただ眉一つ動かさず、サイラスをじっと見つめている。


(あっれ~?? 俺、何かまずい事いったかなぁ……?)


 困惑し、サイラスはダラダラと冷や汗を流す。

 小刻みに体が震え、ゆっくりと扉を指し示す指が下がる。


 静寂。

 かすかに服がこすれた、それすらはっきり聞き取れる。

 閉ざされた空間で、噴水の音が静かに反響する。


「はぁぁ~……」


 しばらくしてアクトの口から出て来たのは、言葉ではなく大きな溜め息だった。

 サイラスの肩がビクリと震える。


(あ、あきれられた……??)

「おい、サイラス」

「は、ひゃいっ!」

「よく見ろ」

「な、何を……?」


 アクトの考えている事を、全く理解出来ていないサイラス。

 だが特にいらだちを見せるでもなく、アクトは黙って扉を示した。


「……??」


 やっぱり、何も分からない。

 そう思いながらも、サイラスはアクトに従う。


 言われるがまま扉に近づき、隅から隅まで凝視するも、やはりサイラスにはアクトがこの反応を見せる理由を見つける事は出来なかった。


「あ、あの~……やっぱり俺には、特に問題があるようには、とても……」

「……本気で言っているのか?」


 アクトはもはやあきれるどころか、『信じられないものを見た』とでも言いたげな表情を浮かべる。


 しかし残念な事に、その感情を向けられている対象には、何一つとして伝わってはいなかった。


「お前、流石に文字は読めるよな……?」

「え? そりゃぁ、それくらいは……でも、どこにも文字なんて……」


 サイラスは、再度まじまじと扉を観察する。

 ……やはり、何も見つかりはしない。


 扉の表面には文字どころか、傷一つついてはいなかった。

 特に何も主張する事は無く、ただ無機質に存在しているのみ。


「あの……先輩?」

「違う。それ本体の事を言っているんじゃない。その下だ。その石の継ぎ目……ほら、よく見ろ」


 ついにしびれを切らしたアクト。

 サイラスの言葉に被せるように言い、無言でその隣に歩み寄る。



 場所を開けるように、サイラスは一歩下がった。

 しかし、足元に落ちていた小さな小石には気づいていなかった。


 罠ではない。

 単純に、少年の不注意が生んだ偶然。


「うわぁっ!?」


 サイラスは小石を踏みつけ、盛大に転んだ。


 緊張状態で、敵か何かかと思ったのか。

 それとも、バランスを崩しただけなのか。


 どちらにせよ、本当にどうしようもないやつだ。


 あきれも心配も通り越し、アクトは冷めた視線でサイラスを見つめる。


「はぁぁ~、全く。何をやっているんだ、お前は……」

「う、すみません……」


 へこたれるサイラス。

 アクトの視線から逃れるようにうつむく。


 するとここで幸か不幸か、サイラスはやっとアクトが伝えようとしていたものを発見した。


 視界の端に映ったものを確認する為に、身を乗り出す。


「こ、これは……」

「……やっと気づいたか」


 灰色の石畳の上に、黒く刻みつけられた文字。

 最近書かれたもののようで、汚れや摩耗などは一切無い。


 際立って存在を主張している訳でも無く、駐車禁止の張り紙程度には地味な物だが、気づく事が出来ないほどのものではない。

 よく周囲を見渡してさえいれば、必ず目には入るはずだ。


 つまりこれに気がつかなかったサイラスは、物事をたった一点からしか見られないタイプ……


 ……要するに、ただの”馬鹿”である。


「『踏み込めば命は無い。力には代償がつきまとう。覚悟無き者通るべからず』……って、何ですかこれ?」

「読んで字の通りだろ。この先に行くなら死ぬかもしれない。代償云々(うんぬん)はよく分からないが……さっきのセルマリエスみたいに、精神攻撃を仕掛けられるかもしれない。兎にも角にも、これは開けない方が身の為だ」

「死……それは……確かに、ああ、納得しました……」


 いつの間に逃げたのか、サイラスは噴水の向こう側からおずおずと扉を見つめる。


 いくら馬鹿とは言え、死に対する恐怖はある。

 馬鹿だからこそ、一層鋭敏に感じるのかもしれないが……


 このような時にばかり逃げ足が速いのは、思考が単純ゆえのとっさの判断。


 そんなサイラスの様子を見て、『小動物みたいなやつだな』とアクトは思った。

 ……まぁ、状況打破には到底使えない、ただの余談である。


「ところでそれが使えないなら、ここからどう脱出すれば……?」

「それを今探していたところだ。それらしきものはもう見つけた。その噴水の中だ」

「え、これ……?」


 扉の次は噴水。

 この地下広場で、もっとも存在感を放っているもの。


 水を噴出するしか能の無いこのモニュメントが、一体脱出にどう使う事が出来るのか?


 当然アクトはその方法を理解しているようだが、これもやはり、サイラスは知らぬまま……

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