No.49 箱庭の出口へと
「……変わった人ですね」
「ああ。よく言われるよ」
「……皮肉のつもりですか?」
「さあな」
掴みどころの無い笑みを浮かべるガイウス先生。
今日、僕は初めて重大な秘密の内の一つを、他人と共有した。
「フッ、本当に、変わった人だ」
……もう、この姿でいる必要は無いだろう。そろそろ人も来る頃だ。
翼をしまい、魔法をかけ直すと、髪色も服も元通り。
あっという間に、『人族、セルマリエス』の完成だ。
「魔法……理の外の力……こう間近で見ると、何と言うか……とんでもねぇな」
制服のホコリを払う僕を見て、先生は独り言のようにつぶやいた。
どこか、羨むような遠い目……
「まぁ、いくら理から外れようが、魔法だって万能ではありませんけどね」
「……お前が言うと、説得力が違うな」
ガイウス先生は短く苦笑し、指先でそっと剣の柄をなぞる。
「やっぱり……『普通』が一番か?」
そして、どこか寂しそうな顔で問う。
「ええ。普通になれたら……良いんですけどね……」
空を見上げる。
青い空に白い雲。鳥が一羽、羽ばたいていった。
「……それじゃあ、僕はそろそろ行きますね。」
「ああ、引き止めて悪かったな」
一礼し、先生に背を向ける。
もう、出口に辿り着く。そう思った時……
……ふと、足が止まった。
「あの……!」
「……ん?」
口を開きかけて、喉の奥で言葉が詰まる。
どうしようか……これを言ったら、この人を巻き込む事になってしまう。
だけど、メルトとラーファルが身を引いてしまった今、とにかく少しでも人手が欲しい。
それにこんな話、当事者でない限りは、とても信じられるようなものじゃない。
アクト先輩は、たまたま目撃者だったから運が良かった。いくら真実だと言っても、他の人が理解してくれる保証は無い。
でも、ガイウス先生は僕を信用してくれた。
……なら、僕だって……少しくらいは、彼を信じてみても良いのではないのだろうか?
だから……
「一つ、協力してほしい事があるんですけど……」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
辺り一面に広がる花畑。どこまでも続くのかと思いきや、四方はある程度のところで壁に仕切られている。
見上げると、天井に描かれた絵が、あたかも本物の太陽のように、部屋の中を明るく照らしていた。
そんなどこかメルヘンチックな雰囲気を醸し出す空間の真ん中で、場違いな鉄格子の中に捕えられている少年が一人……
「何なんだよここは……ふざけんな!」
……そう、サイラスである。
「こんにちは、おげんきですか?」
「いけにえ、元気ですか?」
「お昼の時間になりました」
「こんにちは。主様から、おしょくじです」
檻の中の少年を、不気味な子供達が取り囲む。彼女達の顔に血の気は無く、皆同様に機械的な笑みを浮かべている。
少女達の呼びかけに、一切返事をしようとしないサイラス。ジトリと少女のうちの一人に目を向けると、彼女の手元に目を向け、大きく息を吐き出した。
「はぁ~、どうやら殺す気が無いのは良いんだけどさぁ……出て来る食事が毎回毎回生魚ってどうなの!?」
目の前に置かれた皿には、生の状態の魚が丸々一匹。目に濁りは無く、新鮮ではあるが、とても食欲が湧くような代物では無い。
「せめて焼くなりしてくれよ……」
「消し炭で良いなら提供するけどね」
ぼやくサイラス。すると突然、その声に割り込むように、一人の女が現れた。
それと同時に、ピタリと動きを止める少女達。
空気が変わる。
閉ざされた空間には風もなく、辺りは完全なる静寂に包まれた。
……だが、その異様な静けさは、すぐさまこの囚われの少年によって破られた。
「何ですか消し炭って……大体なんで魚なんだ? どうせ生なら、野菜とかの方がまだマシだっての……」
少女達の事は気にも留めず、女に向かって文句を垂れるサイラス。
「逆さ吊りにされるわ、こんな変な空間に飛ばされるわ。挙句の果てにこの仕打ち。……ほんと、何なんですかあなたは? 嫌がらせですか? まったく……俺をイジメたって、別に楽しい事は無いでしょう?」
「ええ、そうね。だってあなたはただの『エサ』。これから起こる楽しい事の前段階に過ぎないわ」
不服そうなサイラスの言葉を、女は軽く受け流す。
女は少し腰を曲げ、サイラスと目線の高さを合わせる。そしてしばらく無言でジッと少年の目を見つめると、ふいにパッと明るい笑顔を見せた。
「そぉんなに心配しなくたって、だぁいじょうぶよぉ。用が済めば、あなたはちゃんと解放するから~」
女はヘラヘラと笑う。緊張感は欠片も無い。
そのどことなく気味の悪い態度に、サイラスは思わず後ずさる。
同時に首輪から伸びる鎖が、ジャラリと重々しく音を立てた。
「今のところはねぇ、ぜぇんぶ順調なの。もうすぐ、そう、もうすぐで……アハハハハ、楽しみねぇ……」
『もうすぐ』、『楽しみ』。そう繰り返し、笑う女。サイラスは彼女を、声も無くただ見つめる。
この女が何を考えているかなんて、サイラスには一切合切理解出来ない。だが、それがろくでもない事だ、と言う事くらいなら理解出来る。
(はぁ~、意味分かんねぇよぉ……誰か……助けてくれぇ……)
口には出さない。サイラスは心細さと藁にも縋るような感情を込め、誰に対してでも無く、心の内で嘆いた。




